創作の間【長篇】

□あ、うん。と、喧嘩。
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新たな年が明け、新たな気分で今年も過ごそう。というのが今年の抱負なのだが、正月休みも終わって今年の10日分を消費し、現在11日目の本日で今年の抱負があっけなく崩れ去った。


「この歳になって“新たな気分で”って、難しいよな。うん、ここはやっぱり“今までと変わらない気分で”にしよう」


今思うと、人生の約半分を平凡に費やしてきた“spazio”の主人【マスター】の有馬浩太郎は、独り言を呟く。
スーパーからの買い物の帰りで、商店街を片手に雑貨屋の大きな紙袋と、もう片方にスーパーのロゴが入ったビニル袋を持って1人で歩いている。


(まず店に戻ったら食材を冷蔵庫に仕舞って、簡単な掃除をしてから氷を砕いて…あ、新しいフライパンで試しに何か作ってみよう)


今日のこれからの予定を立てる。ちなみに、浩太郎の場合、稼動時間が夕方5時からなので、それ前にやるべきことを済ませておく必要がある。
と、そこへ久し振りに聞く声がした。


「主人、お久し振りです」


浩太郎に笑顔を向けて声をかけたのは、腐れ縁で昨年の秋頃に久し振りに会った浮浪人である友人の娘であった。


「…ん、あぁ、夏希ちゃんか。久し振り…じゃなくて、明けましておめでとうございます」

「あ、こちらこそ、明けましておめでとうございます」


ペコリと礼儀よく下げられた頭を見て、この娘【コ】は本当に雅紀【アイツ】の娘なのだろうか。と一瞬考えてしまった。


「買い物…ですか?」

「うん、店の材料とか…いろいろね」

「主人って、こっち方面ですよね?私の家も同じ方向だから荷物持ちますよ」

(あぁ…この娘はなんていい子なんだろう…!父親はともかく、母親が奈々美で本当によかった!)


と、心の中で感激する浩太郎。
最初はこんな重いもの…と断っていたが、夏希も食い下がってくるので、ビニル袋の方を持ってもらうことにした。2人並んで商店街を歩く。


「そういえば、あれから雅紀から連絡はあったかい?」


何十歳も年の差がある2人の共通の話題といえば、雅紀のことであった。


「あーー。なんか、“今食ってる料理が不味い!こんなに不味い料理を食って新年を迎えるとは…来年も夏希にとっていい年であればいいな!”っていうメールが30日にきました」

(…どこをほっつき歩いてんだ、あの馬鹿は)


相変わらず雅紀は昔から自由奔放なところは変わらない。しかも、アイツの場合、限度を考えていないから、見ているこっちが恐くなる。と、つくづく友人に思い悩まされる浩太郎である。


「…突然だけど、浄霊師の仕事はどう?」


自分から振った話を自ら変えてみた。


「大変ですよ〜。いきなり現れるものだから、こちらの準備時間なんてないし、タイミングは最悪だし、平気で夜中に現れたりするものだから寝不足になるし…」


早速愚痴から入った。


(まぁ、そりゃそうか。奴ら…霊たちを視れる人間はごくわずかな筈だ…多分)


だから夏希の周りでも話を理解してもらえる人間が少ないのだろう。浩太郎も視えない質だが、以前、雅紀が浄霊師の仕事をしていたので、多少の知識はある。
だから話を聞くくらいはできる。と思ってたりする。


「…でも、浄霊したときに感謝されるからやりがいがあるというか、他人様の魂を救ったんだ。と思うと、もっと頑張らなきゃって思うんです」


浩太郎ははっとした。


(あぁ、この娘は己の道を信じている。その道を誇りに思っている。多分、そう思うにはいろいろは苦難や苦労があったに違いない。俺よりも断然若い、いたいけなこの娘が…)

「君は―――っ?!」


言葉が出なかった。
言おうとしたとき、頭上からの何とも言えない重圧感が一気に圧し掛かってきた。


「なっ……?!」


何も考えていらえない。思考回路が途切れてしまったかのように、ただただ警告音のようなものが自分の中で鳴り響いているだけだ。
周りにいる行きかう人々も、突然にの出来事に驚き、ざわついている。


(一体何が―――)


パニック状態に陥っている浩太郎を現実世界に引き戻したのは、夏希の緊迫した声だった。


「悪霊…いや、違う。何なの、この気配は?!」

「悪霊の気配じゃないのか?」

「分からないんです。悪霊にしてはあまりにも安定しているんです」


悪霊の気配は、強弱関係無しに不安定なものだとか。その理由として、負の心に堕ちてしまった悪霊でも、例え微弱でも元の心は生きていて、その2つの心がせめぎ合っているからだ。


《どうする?追ってみるか?》


響輔が霊力を普段より少し高めながら言う。


「そうしたいけど、こんなに人がいるところで“具現の呪”は…」

「どうしたの?」

「あの…この近くに人目につかないところってありますか?術を使いたいんです」

「なら、こっちにおいで!」


自分は霊が視えないから、それを避けたり、追い払うことはできない。だが、雅紀のときもそうだったが、視えないが、視える彼らの“愚痴こぼし窓口”になったり、直接の手助けにはならなくとも、少しでもいいから役に立ったり、サポートしたい。


「ここなら、大丈夫か?」


案内したのは、だいぶ前に廃業した店と店が挟む細い道。所謂、裏路地という奴だ。そこは昼間なのに薄暗く、湿気が溜まっているという、普通の人間なら好まないような世界だった。


「ありがとうございます!」


夏希はとりあえず礼を言うと、その世界に飛び込んで行った。
少し進んだところで、札を取り出して構える。一瞬、樹鹿を出そうかと思ったが、この狭い空間に喚ぶことが不可能かもしれないと、咄嗟に頭を回転させて、樹鹿以外に移動の可能なものを喚び出す。


「突風の如く切り裂け―――風鼬!」


裏路地に風が吹き荒れた。その風がこの狭い空間だけに発生しているものなので、強く感じる。そのため、目を開けていることが困難だった。乱れる髪と、制服のスカートを押さえる。すると、透明感のある涼やかな声が聞こえた。


《夏希、跳べ!》


何かを考えることもなく、目を閉じたままその場でなるべく高く跳ぶように膝を深く曲げ、勢いをつけて跳ぶ。


「―――っ!!」


跳んで上昇して、落下する前にサラサラしたモノに乗った。


「…ナイスタイミング、風鼬」

《我が夏希との息を間違える筈が無い》

《頼もしいな》

「この気配を追って!」

《御意!》


風鼬は裏路地から建物の上空にでると、迷うことなく空気を強く蹴り、気配を追いながら空中を駆け抜ける。
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