創作の間【長篇】

□愛別離苦〜不倶戴天〔前篇〕
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「はぁ!?無茶言わないでよ!無理に決まってんでしょ!!」

《そこをなんとか……》

「無理なモンは無理だ!」


夏希が断固拒否している訳―――それは数分前に遡る。









―――家に帰ると、既に客がいた。それも、一般人には視えない、特殊な“訳ありな客”がいた。その“訳ありの客”は世間一般でいう幽霊である。
禿頭で、眼鏡を掛け、ちょくちょく汗をハンカチで拭っている。死亡原因は、会社をリストラされ、借金取りに追われている毎日に生きる価値を失くし、首吊り自殺をした。…だそうだ。そんなよくある話のような暗い人生を終わらせた彼の依頼を聞くことになった。


《…という人生だったのですがね、悔いはないんです。なんだかんだで楽しい日々もありました》

《だったらいいじゃないか。何でまだ残っている?》


当然の質問に、彼は少し言いにくそうに言う。


《その…妻と娘は生きていて、家族を捨てたような私なんか既に忘れていることだと思うのですが…》

「前置きはもういいから、早く本筋の方を…」


夏希が一応、優しく話を促す。が、男はどう勘違いしたのか、急に夏希に謝りだした。


《す、すみません!…その、妻と娘に、一言言いたいのです。申し訳ないと》

「…なんだ、それならお安い御用だよ。で、伝えてほしい内容は?」

《伝えてほしい…?いやいや、私は自分の口から言いたいのです》









―――という訳で。
健全な霊が人間に姿を視せることはあってはならないのだ。お互いがお互いに未練を抱いてしまうからだ。
“死”という“区切り”を越えた。それなのに、語弊があすかもしれないがある意味、“踏ん切り”をつけたのに、せっかくつけた“踏ん切り”を無駄にしてしまい、お互いにとって悪い結果を生んでしまう。
例えて言えば、善霊は未練に呑まれて悪霊と化す。人間もまた未練を引きずり、悪霊に呑まれる。


《また…厄介な依頼だな。苦労するな、お前も》

「他人事のように易々と…」


響輔を睥睨する夏希。その視線を少し受け取って、大半を流す響輔。


《で、どうする?》


響輔の問いに答えるべく、思考を巡らす。


「引き受ければいいじゃない」


首を突っ込んできたのは如月だった。


「―――お、おばあちゃん!?」

「それがその方の依頼なのでしょう?それでその方が黄泉の国へと逝けれるのならば、叶えてあげなさい」

「……」


答えない夏希に更に申す如月。


「それに、夏希の実力が上がるかもしれないし、ね?」


如月の口調はあくまで優しい。が、その中には夏希の指導者としての厳しさがあった。


「……引き受けさせて頂きます」

《あ…ありがとうございます!》


男は勢いよく頭を下げた。そのとき、禿が後頭部まで広がっているのが見えた。
男は佐藤と名乗った。夏希はとりあえず佐藤と別れる。そのときにいつの間にか如月もいなくなっていた。


《結局依頼を引き受けた訳だが、案はあるのか?》

「あるっちゃああるけど、どうやら視せる人間に霊を視せたあと、その霊の記憶だけをそっくりそのまま失くす呪いをかけるらしいの」


響輔の問いに曖昧な返答をする夏希。


《どういうことだ?》

「私も聞いた話だからよく分からないんだけど、霊を視せる前に人間をちょっとした催眠状態にさせるんだって」

《…なるほどな。それで霊を視せたあとにその催眠状態を解けば、その人間の記憶の中にあった視た霊の部分だけなくなるって訳だな?》

「そういうことかな」

《それ、できるのか?》

「……」


沈黙という名の否定。


《…できないんだな》


響輔の言葉で項垂れる夏希。


「…書斎の文献を読んで勉強します…」

《…健闘を祈る》


心からの言葉だった。









書斎には本当に様々な書物、文献がある。その蔵書数は、学校の図書館かそれ以上だろうか。
その中から必要な資料を探し出し、読み進める。読み出してすぐに集中モードに入った。ひたすら時間が過ぎていく。










やはり、響輔が止めなければ、夏希の集中力はまだまだ続いていただろう。結局、夏希の集中モードのスイッチが切れたとき、外は真っ暗になっていた。
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