創作の間【長篇】

□危機と救済と運命
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季節がじりじりと暑い夏から少し寒くなり始めた秋になった頃。
太陽が名も知れぬ山々の間に半分隠れて、周囲の景色が赤く見える時間に大石純平は帰路についていた。

両耳には音楽プレーヤーのイヤホンが取り付けられ、そこから流れているのは最近のオリコンチャート1位を独占中の人気アーティストの曲だ。

住宅地の中を歩いているのは純平ただ1人で、その寂しさを埋めるようにただひたすらイヤホンから音楽が伝わってくる。

学校から駅まで歩き、そこから電車に乗って4つ目の駅で降り、またそこから15分程歩く。
普段は自転車があるのだが、修理に出していて今は無いのだ。
自転車が無くとも、通えない距離ではないのでこういうときは音楽プレーヤーがお供だ。

そのまま歩いていると、子猫が1匹こちらに歩いて来た。そして純平の足にその小さな体を擦り付けて甘えてきた。

再生中だった音楽をサビの部分で停止し、イヤホンを耳から外す。
外したイヤホンを首に掛けてからその場にしゃがむ。


「・・・なんだ?俺、今日何も持ってないよ?」


大体いつもは友人かクラスの女子が親切で飴玉やガムなどをくれるのだが、こういうときに限ってそれらは無い。


(そもそも、猫に飴っていいのか?)


と疑問に思ったが、どうせどこを探しても無いものは無いので考えるのを止める。

頭や背中、首周りを撫でてやると、気持ちがいいのか、目を細める。


「お前、可愛いな。毛並みも綺麗だし・・・」


すると、子猫は目を見開き、ピタッと動きを停止させ、耳をピンッと立てる。
そしてすぐにどこかへ走って消えてしまった。


「・・・なんだ?」


いきなりどこかに行ってしまい、不思議に感じた純平。

突然、背筋に寒気を感じる。

確かに秋になって、たまに肌寒く感じるときはあるが、ここまで寒く感じたことはまだ無いし、第一、この時期にしては早過ぎる。


―――なんとなくだった。

何も考えずに背後を振り返った―――。


「・・・え・・・」


そこには何とも言い難い、強いて言うならば、この世のモノとは思えないモノが在った。

何かドロドロとしていて、水分を多く含んだ泥の塊で、しかしそこには不潔なモノも含まれているような、とにかく見ていて顔を顰めたくなるようなモノだ。しかも巨大だ。

それを見た瞬間、本能的にヤバイと思ったが、足に力が上手く入らず、ガクガクして逃げようにも逃げられない。全身の毛穴から汗が噴き出しているかのようにだらだら出てくる。
そこに塊から腕みたいなものが伸びてくると、純平にゆっくりと近づいてきた。

そのとき、制服のポケットに入っている携帯が小刻みに振動を起こす。それが肌に触れてたお陰で、そのバイブに気づき現実に引き戻された。
その瞬間、立ち上がり走り出す。走り出したところで後ろで、何か重いものが落ちる音がした。振り返って見ると、腕のようなものがコンクリートの地面を叩きつけていた。
もし、もう少し遅かったならば今頃あの腕の下敷きになっていただろう。と考えるだけで恐ろしかった。

そのまま走り続けると、後ろから今度は何かが動いている音が聞こえてきた。
どうやら巨大な塊のようなものが自分を追ってきているらしい。
普段、部活で激しく動いているため、体力はあるが、いつまでもつか分からない。
「っ何だ、アレは?!」


走りながら叫ぶ。

とにかくこんな住宅が佇むところでは逃げられないし、広いところの方がまだ何とかなる。・・・と思った純平は近くの河川敷の広場を目指す。

―――と、そのとき、以前夏希からもらった10枚のお札のことを思い出す。有名スポーツメーカーのエナメルショルダーバッグからお札を取り出す。

走りながら後ろを振り向く。


「縛!」


お札を塊に向かって投げながら叫ぶと、お札が塊にシールのように貼りつき、それと同時に塊の動きが止まる。

その様子に足を止める純平。


「・・・本当に動きが止まった・・・」


まさか一般人の自分にこんなことが出来るとは思わなかった。


(今のうちにアイツとの距離と、広場に辿り着くまでの時間を稼ごう!)


そしてまたほぼ全力疾走で走り出した。
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