創作の間【長篇】

□過去×真実
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夜中の11時25分に部屋を出た夏希の所持品は、携帯と財布とお札のみ。服はTシャツの上に薄手のパーカーとスキニーパンツ。

あらかじめ用意してあったスニーカーを持って庭に方へ回り、そこから外へ出る。

念のため、部屋に“友達の家に行ってきます”という嘘の置手紙を残してきた。

鳥居までに道のりを歩いているとき、実の父親に会って自分の知らないあれやこれを聞きに行くというのに、それ程緊張していなかった。

嘘の置手紙に書いたように本当に友達の家に行くような、のんびりとした気分だった。

鳥居の右側の足元にはすでに男が立っていた。


「早いな。まだ28分だぜ?」


たまたま近くにある街灯の明かりで表情が分かる。


「そっちこそ。いつからここにいたの?」


そう尋ねると、男は肩を竦めた。


「おいおい。そこは“ごめん、待った?”って言うところだろ〜?」


この男の台詞に、単純に面倒になった夏希は、その思いを表情で訴える。


「…まぁいい。行くか」

「何処へ?」

「気心の知れた奴のところさ」


こんな男に気心の知れた人物がいるのかと思ったが、ある意味、こんな男だからこそ己の内を全てさらけ出せる人物が必要で、いるのかもしれない。

目的地に着くまでの間、2人の間は無言だった。少し前を行く男の後ろをついて行くだけだった。


「着いたぞ」


ある建物の前で立ち止まった男の背後から目的地の外観を見る。

洋風の可愛らしい小屋のような小さな建物だった。その小屋の入り口前にあ、置き看板があり、屋根下に取り付けられてあるライトの光によって照らされていた。

看板には“spazio”と書いてあった。


「…ス、スパ…」

「スパツィオ。イタリア語で“空間”って意味だ」


自分が読めなかった単語を簡単にしかも発音良く言い、更にはそれの意味まで言われてしまい、少し悔しい思いをした。


(…でも、相手はイタリア語だし!)


と、開き直ったり。

そう思っているうちに、男はその小屋の中へ入っていく。ドアのこれまた洋風のベルがチリリン。と音を立てる。

「ちょっ…!今何時だと思って―――」

「おいおい。入ってくるんならもう少し静かに入って来いよ。奥でカミさんと子どもが寝てるんだよ」


夏希の制止の声にのっかるようにして男とはまた別の者の声がした。


「わりぃわりぃ」


男は片手を顔の前にやりながらカウンター席に座る。悪びれている様子は一切無い。


「ったく…。ところで、その娘がお前と奈々美の子どもか?」


カウンター席の向こう側にいる男の後ろにあるものを見る限り、小屋という名詞は不自然だ。

薄暗い室内でその部分だけ煌々と輝いている。


「ここ、居酒屋?」

「そんなようなところだな。ってか、そんなところに突っ立ってないでここに座れよ」


そう言って男は隣の椅子を指し示す。夏希は渋々そこへ座る。


「へぇ。こうやって見ると、奈々美にそっくりだなぁ」


居酒屋の主人が夏希の顔を見て頷く。それに男が賛同する。


「だろ〜?俺も見たとき吃驚しちゃってさー。あ、いつものヤツ、作ってくれる?」


白髪が少々目立ち、白いYシャツに黒いネクタイにベストという格好をした主人が男の注文の品を作る。

そして完成すると、男に差し出す。

手垢や曇りが一切見当たらないくらい綺麗なガラス製のグラスには、透明の液体と、氷が2、3個入っていた。

その中身を少し口に含んだところで、少々ご機嫌になり、


「飲むか?芋ジュース」

「未成年に酒勧めるな。…すみません、ここってグレープジュースってありますか?」


芋焼酎をばっさりと斬り捨て、自分も注文してみた。


「勿論」


そう言って主人はすぐに出してくれた。

一口飲むと、グレープフルーツの独特の酸味とその後にくるほんのりと甘味が口の中に広がる。


「ところで、なんで私の母のことを知っているんですか?」


先程から顔も知らない亡き母親の名前を、しかも呼び捨てで呼んでいる主人に尋ねる。


「俺と奈々美は中学校からの仲でね。小学校のときはクラスが違っていたからあんまり面識はなかったが。それでたまたあ同じ高校に入学して、コイツに会ったんだよ」

コイツと言ったときに、主人は男を顎で指す。

男は芋焼酎をちびちび飲みながら主人の話を聞いていた。


「そして3人共同じクラスになった。…と言っても、コイツは何ていうか、変な奴でさぁ、長身ですらりとしているのに力はある。見た目はチャラチャラしているのに何故か頭は良い。毎日授業中は寝たり、欠席もしてたのに。停学や退学処分を食らうような暴行や問題も起こさなかった。でもやっぱり異質な存在で、女子がキャーキャー五月蝿いのなんの。だから俺はコイツと関わらないようにしよう。と思っていたのに、関わってしまった」

「おい。最後の“関わってしまった”は何だよ?それと、変とか異質とか使うなよ。何気にグサグサ刺さるんだって」

「そう言われても本当のことなんだから仕方無いだろ」

(…やっぱり今も昔も変な奴だってことか)


と、主人の言葉に納得する夏希。


「実はね、君のお母さんである奈々美も霊が視えていたんだよ」

「…母も…ですか?」


これには吃驚した。こんなこと、如月が話してくれた中には無かったからだ。


「霊が視える人間ってのは悪霊にとっては都合の良い存在だから、奈々美も悪霊の標的【ターゲット】になっちゃってね…。しかも結構大物の奴に目ぇつけられたから安易に済む訳が無い」


話をしながら自分が飲む酒を作っていた主人は、その酒を一口飲む。

氷が小さな音を立てる。


「奈々美はその大物に取り憑かれ、日に日に生気を吸い取られた。ある日の夜中、奈々美は学校の屋上から悪霊の意図で飛び降り自殺をされようとしていたが、悪霊の計画は失敗した」


ここでもしや、と思い、隣にいる男を見る。

夏希と目が合った男は口元に笑みを湛える。


「俺が追っ払ってやった」
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