創作の間【長篇】

□迷い霊
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「失礼します。報告に来ました」


とある部屋の前に来て、何の躊躇いも無く襖を開ける夏希。

部屋で趣味の生け花をしている如月は動きを止め、夏希を見上げる。


「そんなに堅くしなくていいわよ」


にっこりと可愛らしい笑顔を向ける如月。

これでも彼女はれっきとした藤宮家当主なのだ。

如月の笑顔を見た夏希は、堅い表情を和らげる。

そして、和様の部屋に入ると、如月の前に正座して座る。

如月はまだ生けていない花と、制作途中の作品を脇にずらし、夏希を見る。

このときも笑顔を絶やさない。


「それで、今日はどんな報告なの?」


首を傾げる仕草など、如月が何の気無しにする仕草一つひとつには品がある。


「昨夜、午後6時30分頃、●●●ビルの屋上で若い男に憑いた、これまた若い女を男から引き離し、無事、黄泉の国へと送ってきたよ」

「そう、女の人は逝く前にどんな表情をしていたの?」

「凄く、幸せそうな…綺麗な笑顔だった。…それと…」

「…?」

「…“ありがとう”って言われた」


夏希の台詞に更に笑い皺を増やす如月。


「それは良かったじゃない。夏希の技術面や霊力に磨きがかかった証拠よ。一緒にいる響輔もそう思うでしょう?」

《確かに、唱文を唱えるときの高まり方や、研ぎ澄まされた感覚は成長したと思います》

「それをそう思ったときに夏希に教えてあげないと。夏希は褒めて伸びる子っていうことは響輔も分かっているでしょう?」

《う゛……。申し訳ありません…》


如月の指摘に縮こまる響輔。


「それと、あなたも敬語なんてやめて頂戴。同じ家に住まう者同士が敬語なんて堅っ苦しいじゃない」


如月が呆れながら言う。

《そうはいきません如月様。俺が今、こうして夏希と行動を共に出来るのは全て、如月様のお陰なんです。その相手にタメ口で話すなんて、俺には出来ません》

「もう…そういうところが頑固なんだから」


老婦人にはそぐわない口調をする。

如月は皺こそあるが、言動がたまに若々しくなる。


「…で、これからお仕事?」

「うん。まだ詳細は分からないんだけどね、霊が来てるみたい」

「お仕事も大事だけど、たまにはゆっくり休む時間を作りなさい」

「ありがと、おばあちゃん。じゃ、行ってくるね!」

「いってらっしゃい」


夏希は如月に手を振って部屋を出た。

「おばあちゃんに頑固って言われちゃったね」

《うるせーよ》

「ははは。さて、その迷い霊はどこにいるの?」

《縁側に行けばいると思うぞ》

「了解。…あ、じゃあ、丁度おやつ時だからお菓子持って行こっと!」


これから仕事だというのに、お菓子を食べる気満々の夏希。


《お前は…。ちゃんと仕事する気あるのか?!》

「あるよ!響輔は知らないだろうけど、糖分は脳を活性化させるんだよ!」

《あぁ…そうかい…》


響輔はそのことについては何も言わないことにした。
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