創作の間【長篇】
□サヨナラとハジメマシテ
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―――12年前、梅雨。
紫陽花が満開に咲く花壇の一角し腰を下ろしている青年がいた。
その青年は雨が降りしきる中、傘も差さずどこか遠い目をしている。
青年は雨に打たれている筈なのに、身体や黒い髪、ワイシャツが濡れていなかった。
彼が座っている花壇の一角の部分や、彼の足元は既に濡れているのに…。
ほんの数分前、彼はこの世の者ではなくなった。
学校帰りの最中、友人と歩道を歩いていたところ、雨で濡れた道路を走っていた大型トラックがスリップし、最悪なことに青年のいた集団に突っ込んだのだ。
一瞬の出来事が彼の人生に終止符を打った。
気づいたときには既にこの花壇に座っていた。それからどれくらいの時間が経ったのかは不明だが、多分、長い間ずっとこのままだ。
(…俺は死んだのか?それとも、生き延びてここにいるのか?…多分、いや、絶対にこの場合は前者だな)
いやに冷静だ。憤ったり、哀しんだり、悔いたり…さまざまな負の感情が沸き上るものだろうが、生憎そんな感情が内から出てこなかった。
頭上の木の葉から雫が落ちて当たる。
(冷たくない…いや、冷たいと感じないんだ)
やっぱ、俺は死んだんだなぁ〜。と灰色の曇天を仰いだとき、砂利の小石が擦れる音が聞こえた。
その音はだんだん大きくなって、青年のすぐ近くで止んだ。
《……》
青年は静かに視線を曇天からそちらに向けた。
そこには珍しい和傘を差し、赤く、鮮やかな色のランドセルを背負った女の子が青年をじぃ〜っと見ている。
(…んだよクソガキ。ジロジロ見んな)
心の中ではそう毒づくも、表には出さない。
実はポーカーフェイスが得意だったりもする。
「……」
《……》
「…お兄ちゃん、死んだの?」
《―――っ?!何で知ってるんだよ…って、お前、俺が視えるのか?》
青年の言葉に少女はこくん。と頷く。
《お前、なんでこんなところに一人でいるんだ?早く家に帰らねーと家族が心配するぞ?」
そこまで言う程、まだ辺りは暗くない。
「ここ、私の家だもん」
《…あ、そーゆーこと…って、ここが?!》
少女の背後には大きな鳥居の一部。反対方向には小規模な林があり、その中に小道がある。
どうやら、ここはどこぞの神サマのいる神社らしい。
《お前の家、神社なんだな》
「違う…?…よく分からないけど、私のおばあちゃんは悪い幽霊をやっつける仕事をしているんだよ」
「へー」
一応、返事はしておいたが、結局は神主のやることと同じなのでは?と思ったが、実際のところ詳しくは分かっていない。
「お兄ちゃん、成仏しないの?」
そういえばそうだ。
何故俺はこんなところにいるのだろうか?
死んだらさっさとあの世に逝くモンだろう。
死んでも尚、この世に居残っているのには、きっと何かをやり残しているのか、やるべきことがあるのかもしれない。
……皆目見当がつかないが。
《さぁな。俺にも分かんねぇ》
「この世に後悔とか、恨みは無いの?」
(…ガキのくせに後悔とか恨みって言葉知ってんのかよ…)
《無いんじゃねーの?》
「じゃあ、何で幽霊になってんの?」
《だから知らねーっての》
「……」
《……》
少々キツく言い過ぎただろうか?と、内心冷や冷やしていると、
「じゃあ、おばあちゃんに聞いてみる?」
《何を?》
「何でお兄ちゃんがここにいるのかをだよ」
―――なんとなく、
《別にいいよ》
―――この世に留まっている理由を、真実を知ることが、
「何で?」
―――怖いんだと思う。
《…多分、天国に逝くのが怖いんだと思う》
「…?」
《よく分かんねーけど、俺はまだこの世に留まって何かをしたいらしい》
「…じゃあお兄ちゃん、毎日ここに来てくれる?」
《…お、おう》
いきなり話の方向が変わったので返事に戸惑った。
「本当?!約束だよ?」
《あぁ》
少女は小指を出してきたので、青年はその小さな小指に自分のそれを絡ませる。
「指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます!」
お約束の台詞をリズムにのって言う少女。
「明日からいっぱい遊ぼうね!約束破ったら本当に針千本飲ませるからね!」
《大丈夫。俺はこう見えて約束は守る方だから》
青年の言葉を聞くと、少女は無垢な笑顔になる。
《なぁ、お前名前は何て言うんだ?》
「藤宮夏希!お兄ちゃんは?」
《俺は杉浦響輔。よろしくな》