創作の間【長篇】

□プロローグ
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―――今宵は満月。


「…っ!!」


突然、“あるモノ”の気配を感じた。


「…どうしたの夏希?急に立ち止まって」

「ごめん、先に帰ってて!!」

「あ、ちょっと!夏希?!」


いきなりのことで不審がる友人と別れた夏希は家とは真逆の方向へと走り出した。

あたりはだんだん暗くなり始めてきた。途中途中の街灯に灯りがつく。


「響輔…これって、“悪霊”の気配だよね?」


夏希は響輔という人物に話しかける。しかし、夏希の周りにはその人物らしき姿が見当たらない。


《あぁ。女の霊のものだが禍々しい。かなり危険な状態にまで陥っているな》


響輔は夏希やその血族にしか視ることの出来ない存在である。所謂、響輔は“幽霊”で、夏希の“守護霊”だ。


《場所は…●●●ビルの屋上だ》

「了解!」


夏希は目的のビルに向かって走り出した。





「…ここ…だよね?」

《…間違いない。ここの屋上にいる》


夏希はビルに設けられている非常階段を駆け上がっていく。

錆びた鉄が空虚な音を立てる。

階段を上りきり、屋上へと続いているであろうドアを思い切り開け放つ。


「―――っ!!」


ドアを開けた瞬間、禍々しい霊力と、突風が夏希を襲う。瞬間的に呼吸が出来なかった。

屋上に立っていたのは、新品のスーツをやっと着こなせるようになった若い男だった。

男は夏希の存在に気付いたようで此方を振り向く。

男の眸が紅色をしていた。


《あれは、完全に支配されているな》


響輔がボソッと呟く。


「…そこのあんた!さっさとその男から離れなさい!今離れればあんたが痛い思いをしなくて済む」


すると、男の口から女の声が飛び出す。


《あなた…除霊師さん?》


「似たようなものだけど、それだけじゃないな」

《じゃあ何者?》

「んーー。そこらへんにいる“普通”の女子高生かな?」


少しおどけてみた。


《…あなた、馬鹿でしょ?》

「でも、その馬鹿があんたとその男を引き離しに来たんだよ。馬鹿をなめるなよ」

《お生憎様。私はこの人から離れる訳にはいかないの》

「理由は?」

《この人が憎いからよ。私とこの人は恋仲だった。妊娠もしていた……なのに、この男は別の女と遊ぶようになった!そして私を棄てた!こんな男、死ねばいいのよ!!》


男に憑いているのは、以前男にフラれて自殺した女の霊だった。


最初はそれなりに穏やかな口調だった女がだんだんと憎しみを露わにしてきた。

霊力が更に悪質なものへと変化する。


《それで、その男に憑いてどうするんだ?》


響輔が女の霊に問う。


《自殺させる。この屋上から……ねぇ、ここから墜ちたら人間はどうなると思う?頭蓋骨が陥没して、内臓は破裂するのかしら?手足とかなんか、変な方向に曲がったりするのかしら?》


女は笑っていた。

それも、酷く狂った声音だった。


「……っ!!」


夏希は思わず苦虫を噛み潰したような表情になった。

それを悟った響輔が顔色の悪い夏希を気遣う。


《大丈夫か?顔色が悪いぞ》

「―――平気……多分」

《あら、ごめんなさい。女の子にはちょっとキツ過ぎたかしら?》

「……ホント、あんたって性格悪いよねぇ〜」


夏希の頬を冷や汗が流れる。取り繕ってはいるが、精神的にキツイらしい。


「あんたをここで葬ってやる!!」


そう言った夏希は制服の懐から1枚の紙を取り出した。

そこには呪文らしきものが書かれている。どうやらお札のようだ。

それを顔の正面で持ち、夏希はすうっと息を吸う。


「藤宮の名のもと、これより結界許容範囲と戦闘範囲の共有範囲を現世と切り離す―――封!!」


夏希が呪文を唱え終わったとき、夏希達がいるビルの屋上を包み込むように薄い膜が現れ、半球状の結界を作る。
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