創作の間【長篇】
□迷い霊
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台所やその付近の棚を調べた結果、色鮮やかな三色団子が2本あったので、それと緑茶を淹れてそれらを木製のお盆に載せて日当たりの良い縁側へと向かう。
夏希が縁側に着くと、庭には響輔と見知らぬ霊がいた。
「…子ども…?」
てっきり、会社をリストラされて家族崩壊し、結果的に自殺したオヤジの霊がそれはもう暗い表情で待っているのかと思っていた夏希は、響輔の隣で浮いている子どもの霊を視たときは拍子抜けした。
見た目はどこにでもいるような、活発そうな子どもで、背からして、7歳〜10歳あたりだろう。と夏希は推測した。
取り敢えず、話を聞かないことには何も始まらないので、話を聞くためにお盆を床に置き、足を庭に投げ出すようにして座り、団子を手に持つ。
「さて、少年。君の名前を教えてくれるかな?」
《…分かんない》
「いやいや。分かんない訳ないでしょうが。君が死ぬ前の、生きていたときの名前をそのまんま教えてくれればいいだけなの」
《…分かんない》
「…じゃあ、質問を変えようか。君は何で死んだの?」
本人から自分の死因を聞くのはなるべく本人が話し出したときに聞く程度にしているが、今回は仕様が無いと判断する。
《…分かんない》
「君は生きていたとき、どこに住んでいた?」
《それも…分かんない》
「……」
数々の質問を少年に投げかけてはみたものの、どれも見事に空振り。
少年は夏希を上目遣いで、眉毛を八の地にして見ている。
見た目の割りには大人しいようで安心した。
もしこれで暴れたり、癇癪を起こすようだったら他の者に押し付けようと思っていたり。
夏希の質問に対して、端的に“分からない”と素直に言うだけだった。
(まぁ、いきなり暴れられるよりはマシだけど、これは…緊張しているのか?)
ポツリ、と心の中で呟くと、響輔を視やり、少々うんざりした顔を見せる。
勿論、少年に見られないように。
(何、一番面倒なタイプを連れて来るんだよ)
(うわ…。今、すっげー面倒がってる…。って、そりゃそうか。自分の名前すら分かんねぇんだもんな)
ここで、夏希は手に持った団子の一つを口に入れる。数回噛んだ後、緑茶を啜り、団子と一緒に飲み込む。
「…んじゃ、名前が無いと呼ぶに呼べないから君の名前が分かるまでの間の仮の名前をつけるけど…こういう名前がいい!っていうのある?」
《お姉ちゃんが決めてよ。自分の名前考えるのなんか恥ずかしい》
それもそうか。と思った夏希はうーんと唸る。
ネーミングセンスを問われるので、余計に脳を回転させる。
「…じゃあ、大和【やまと】ってのはどう?」
結構かっこいいと思うけど…。と、少し引いて少年の様子を伺う。
《大和…うん!大和!お姉ちゃんかっこいい名前ありがとう!!わぁ…!大和かぁ…へへへっ!》
名付けられた名前を何度も言っては嬉しそうに笑ったり、跳んだりしてはしゃぐ大和。
そんな大和を視て、自然と頬が緩む名付け親。
「良かった、喜んでくれて。もし不満な顔されたら私、立ち直れなかったと思うよ」
つまりはそれだけネーミングセンスが無い。ということになるのだが、それは避けられたようで胸を撫で下ろす。
《名前って、本当に大事なんだな。…きっと、自分の名前が分かんなくて寂しかっただろうな…》
「名前の威力は絶大だからねぇ。名前があるってことは、その存在を認められているってことと等しいからね」
そこでもう一つ団子を食べる。
《…で、これからどうする?大和は生前の記憶がほぼ無いと考えてもよさそうだぜ?》
「む…。そこなんだよねー…大和ー」
広い庭で跳んでいた大和を呼び寄せる。
《何?》
キラキラした笑顔があどけない。
「大和はこれからどうしたい?」
《?何を?》
「このまま霊としてこの世にいるか、天国に逝くか」
この夏希の台詞を聞いた途端、大和の表情が一変する。
《やだ!天国になんか逝きたくない!まだここにいたいよ!》
「―――っ!!」
《ねぇ、お姉ちゃん!僕を天国に連れて行かないで!!》