創作の間【長篇】
□プロローグ
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「これでこの屋上と現世は切り離された。結界が張られているこの場所は他の場所からは見えない。というか、私達が見えないだけ。だからここでは思う存分暴れることが出来るってな訳」
《随分と便利な術じゃない》
「お陰様で」
満月が光り輝いていた。その満月の下で、これから戦闘が開始される。
男が両手を高々と挙げた。そして、そこに何かが集まっているような気がしたかと思うと、次の瞬間、挙げた両腕を勢いよく振り下げた。
そのとき、何かが夏希に向かってくる。
それを冷静に避ける。コンクリートの建物にそれが大きな音を立てて突き刺さる―――否、コンクリートに当たっただけだった。
だが、当たったままそれは大きな柱のようなものになったままだ。
それは、満月の光で透明に輝いていた。
「…氷か」
《当たったら凍っちまうな》
「当たる前に仕留めればいいだけのこと」
《そりゃそうだ》
「いくよ響輔!!」
《はいよ!!》
響輔の身体が光り始めた。そして、光が消え失せたかと思うと、そこには響輔の代わりに刀があった。
夏希はその刀を手に取る。
すると、夏希の鳶色の眸が紅色に変わった。
人間に“悪霊”が憑くと、その人間の眸は誰でも紅色に変色する。
勿論、普段から紅色ではない。
“悪霊”が暴走するか、正体がバレたときの抗いで戦闘するときにだけ変色する。
そして、戦闘時に必要不可欠な武器は憑いた人間の趣味や特技が転じて、自然物を操ったり、具現化させる。
趣味や特技以外にも、その人間がこの世に生を受けたときの季節でもその季節特有の武器が出ることもある。
それは憑いた人間によって、または、憑いた直後でないと分からない。
女の場合は、男がこの世に生まれたのが冬だったのだろうか、武器は雪や氷になるが、特に氷が得意なのだろう。
夏希は、夏希の家では刀は清いものとして扱われているため、武器は刀になった。
夏希の刀は青い。それも、一切の曇りや悪しきものを感じさせない、清らかな刀だった。
《あなたもその男の子にとり憑かれているんじゃない。それでよく私を葬るとか言えるわね》
《うるせぇよ。あんたみたいな穢らわしい悪霊と一緒にすんじゃねぇよ!!》
「確かに、“本当の守護霊”だったら、この眸は翡翠色になるだろうね」
悔いも憎しみも無い、“善霊”が適切な人間……例えば、生前その人間と夫婦や家族だった者に憑けば、その“善霊”はその人間の“守護霊”となり、憑いた人間が死ぬまで憑いていられるのだ。
そして、その“守護霊”が武器として人間の力となるとき、人間の眸は綺麗な翡翠色になる。
―――つまり、夏希と響輔の組み合わせは本来は適正ではないのだ。
だが、そこを“敢えて”適正にしたのだ。
《あなた…なんでその女の子に憑いたの?本当は憑くべき人間がいるんじゃないの?》
《悪霊のあんたになんでそう言われなきゃいけねぇんだよ……俺は、コイツと逢ったときにそう決めた。それだけだ》
《ふ〜〜ん……!!》
夏希は一気に間合いを詰めた。
そして、男に刀を振り下ろす。
女は咄嗟に氷を出し、それで刀を受け止める。
「あんた、そんなに人のこと聞くのが楽しい?」
《いいじゃない。ちょっと気になっただけっ!!》
「―――ッ!!」
話しているのが女でも、身体は若い男。
力は圧倒的に男の方がある。
弾かれた夏希は後方に飛ばされる。
なんとか体勢を保ち、舌打ちをして相手を睨む夏希。
そのとき、ハッと何か思いついたらしい夏希は早速行動に移す。
「…ねぇ、1つ聞いてもいい?」
《…何よ?》
「あんた、本当に私に勝てるとでも思っているの?」
《……っ?!…何、もしかして私を見くびっているの?》
「だって、あんたは普通の人間だった。それが死んで“悪霊”となっただけ。一方の私は、確かに憑いているは“本当の守護霊”では無いものだけど、次期藤宮家当主の候補者だから」
《…何が言いたい…》
「あれ?藤宮家を知らないの?今の藤宮家当主は私の祖母の藤宮如月なんだけどなぁ〜おっかしいなぁ〜」
《なっ?!藤宮如月?!》
女は驚愕した。それもその筈。
藤宮如月は、夏希の言うとおり、夏希の祖母であり、藤宮家の現在の当主だ。
最近、巷では『パワースポット』と言うものが流行っており、他にも、心霊現象等も話題になっている。
如月はそういう話題を扱っているテレビ番組に引っ張りダコで、日本では知らない者がいないくらい、名が知られている。
しかも、何かとよく当たるとか……。
「そうそう。私はその孫ってな訳。どう?あんたの勝算は?」
まさかの相手に驚きを隠せない女を見て楽しんでいるのは夏希だけ。