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□沈没する草船
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昔、私、溺れ死んだことがあるんだ。
それは変だよ小平太。と、伊作が笑う。
『だって君は今生きてるじゃないか。』
『うん。でも一瞬だけ死んだんだ。』
幼い頃、私は川で溺れた。深みに嵌まったと思えば一瞬で身体中に水が入っていった。
『溺れ死ぬってどんな感じだったかい。』
『水がきらきら光って綺麗だった。頭が呆けて、自分も水になるんだって思った。』
『なかなか良いね。』
『でも生きてて良かった。』
寝そべった身体をずりずりと移動させて伊作の腰にしがみつく。柔らかく頭を撫でてくれる伊作は、色の薄い髪の毛がきらきらとしていてまるでそう、水みたいだと思った。
あの日、私の中に入ってきた水は今も胸のどこかに残っているんだ。
『川に行きたくなった。』
『死なないでね。』
『大丈夫だよ。だってお前がいるもの。』
あの日、溺れ死んで、清んだ水に流れて、流れて、そうして伊作、お前のところに流れ着いたんだ。
私が伊作にしがみつくのはもう二度と溺れない為でもあったし、また再び溺れる為でもあった。
沈没する草船
照凄小説でも分かるようにくまねこは川に行きたい。海より川派。
end.