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□とあるはなし
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辺り一面は常闇で色なんてものは認識できないが彼の回りは恐らく赤い。辺り一面の赤に彼は白い顔を浮かべて立っている。きっと日の光りの元で見たら美しいんだろうと雑渡は悠長な事を思いながら、自身もその赤の中に立っていた。




『鉄砲撃ちってだけじゃあないんだね。』


色は見えぬ変わりにむせ返る様な血の匂いと、多数の物体。それはもとは生きていたもので、今はこの空間において雑渡と彼、照星のみが生きているもので、


『まあ、見直したよ。』


雑渡が手を叩く、ぱちぱちとした渇いた音がいやに大きく響いた。




照星は無言で白い顔を雑渡に向け、手に持っていた刀を地に放った。
からんと音をたてたそれは夜目に見ても血の気を吸い過ぎて使い物にならないことがわかる。


『別にできんわけではないさ。』


照星の厚めの唇から低い声が漏れた。


『火繩銃の方が性に合っているんだ。それだけだ。』


唇には笑みを浮かべて、この自ら作り上げた惨状に立つ男の目は狂気の色は微塵もなく正気そのものである。




暗いところで生きている人間というのは意外なところに立派な牙を忍ばしているんだよなあ。と、雑渡は思う。



身を焦がす様な劣情と修羅をその一身に纏いながらもその上で、

流されることもなく、
苛まれることなく、
それを強さとして生きているのに、
身に潜む獣の唸りを聞かせることもなく、

つまり、彼は忍びだった。


人と獣の間の薄い薄い一線を意思を持って遊び歩く、紛うことなき忍びのものだった。




『君は敵には回したくないね。』



にこり、と雑渡も笑みを浮かべる。世間話をしているかの様に間延びした声。



『かといって、味方にもしたくはない。』


これから会うだろう私の部下にはどうかお手柔らかに。と言う雑渡に照星は軽い会釈で答えて、すっと音もなく、消える様に立ち去った。

そして、雑渡と、血の匂いと大量の死体が残された。


『やれやれ、おっかないねえ。』



この男にしては珍しく、意識的ではない溜息が漏れた。

あのお兄さんもとんでもない相手に好かれたもんだ。と、雑渡は眉間に皺を持つ男の顔を脳裏に浮かべる。



『今度、労うついでにからかってやろ。』


小さく呟きながら雑渡もまたふらりと立ち去る。


そして血の匂いのする暗闇だけが残った。





とあるはなし



知略を尽くして闘っているようで、案外力任せみたいな闘い方もする照星さんだと良い。
end.


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