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□向かい合わせの距離
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伊作

優しいと良く言われる。

何度もそう言われたので僕はその言葉に答えようと、幼い頃から思いつく限りの『優しい』で僕を作り上げていき、そうして六年経ち、優しさは生きていくには報われないと気づいて、そんなことはとっくの昔に知っていたけれど、それでも優しい僕を誰かが求めてる気がしなくもない。

そう、僕は贄なのだ。



留三郎

闘うということ、己の身ひとつで生きていくということ、俺はそれにずっと憧れて、そういう男になろうと生きてきて、そういう男になりつつあると思っている。

思っていながらも、六年過ごしたこの学舎で、かりそめの闘いに酔い、何よりも孤独から程遠い日々が許されていた事もまた紛れも無い真実である。

ここから出て待っているものは今まで目をそらしていたものからのツケだ。



六は

善法寺伊作と食満留三郎は同室にしてお互いに良好な関係が続いている二人である。

幼い頃、二人で手を繋ぎはしゃぎあった頃のまま青年になった様な二人であり、人当たりの良さやある種の要領の良さや悪さもどちらがどちらという事もなく似通っていて、お互いを友と信じ、そうして六年の日々を過ごしてきて今。

気付かぬ内にいつしか繋ぐことをやめたお互いの手には違う傷と汚れが纏っていて、いつしか見つめ合うことをやめたお互いの瞳には違う悲哀と疲れが宿っている。それでも二人は互いを友と信じていた。

いつまでも信じたいと、そう願っているのである。



向かい合わせの距離




六はの日出遅れ。
end.


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