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□比喩表現
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任務帰りで追っ手をごまかす最も有効な方法がある。
それは、忍装束を私服へ替え、武装を最小限にし、決して焦らず、急がず、ゆるりゆるりと歩いて帰ることである。
まあ、それでもたまに足止めを喰らうこともあるが、大抵はうまくいくし、うまくいかなかった時は蹴散らしてやるだけだ。
だから、今日も、何事もなかったかの様に、普通の道行く人の顔をして歩いていたら茂みからがさがさと物音。
殺気もないその単純な気配に足を止めると、犬が出てきた。
薄汚れた毛の野良風情の小さな犬である。
戯れにじとりと睨みつけてみる。それで大抵の獣はすごすごと逃げていくのだが、犬は尻尾を微かに振りながら足元に寄ってきた。
明らかに野良の様な姿なのだが、餌付けでもされているのだろうか、それとも単に阿呆なのか。
俺の顔を見上げてくる犬の片目は白く濁っている。
思わず手が伸びて、犬の頭を撫でる。
期待を裏切らないべたついた毛で、蚤も恐ろしくいるんだろうなと思いながらもしばらく撫でてやる。
片目の白い犬は大人しくされるがままで時折きゅうきゅうと鼻を鳴らしていた。
再び歩み始めると俺の足元を歩いてきたが、そこから最初の曲がり角で歩みを止め、もう着いて来なかった。
『おかえりなさあい。』
城に帰れば、大の男がふにゃふにゃとした声とふにゃふにゃとした笑顔を振り撒いて走り寄ってきた。
お前は俺のせがれかよ。
毎回思っていたそんな事を以前、俺の横をへらへらと笑いながら歩くこの男に言った事がある。
するとこいつは『せがれよりは奥さんが良いです。』と即答したものだから、手をつけられない阿呆とはこいつのことだ。
『白目、お手。』
『へ?』
疑問符付きの声を出しながらも俺の出した手に直ぐさま手を乗せるものだから俺は笑ってやった。
比喩表現
end.