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□愛しい人魚
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『今日は何しに来たの?』

『老人介護です。』

『そりゃあ嬉しいね。』

悠々自適の隠居生活にお客様。
かつて、蝶よ花よと愛でた小さな少年。

かつて、今は、

『君、今は十…いや二十…』

勝手に棚から鉄瓶を出して湯を沸かしだした彼は、その白い首をくるりとこちらに回して、

『今年で三十六になります。』

と、皺一つない綺麗な顔に綺麗な笑顔。



『…老いないね。君は。』

『おじさんになっちゃった僕なんて見たくないでしょう?』


一人称も、私の前だけなのかいつもそうなのかは知らないけれど。

私が齢三十六の頃と言えば、彼は十歳の本当に可愛らしい子供だった。
その時の私と同じ年だと言う彼は、その容姿を十五、六の、最も美しかった頃のままに、まったく変わらない姿なのであった。
彼はいつからかは忘れたが老いる事をやめてしまった。



『なんでかねえ。』


『こなもんさんが』


『私が、』


『僕が十五の時の姿を見たこなもんさんは、僕の姿がずっとこのままであって欲しいと願ったんです。』


願ったのだろうか、願ったのかもしれない。


『だから、こなもんさんに僕の時間を預けました。』

だから、彼の中で、十五年で、彼の生の時間は止まってしまっていると、
私は願ったのか、それを、願ったのかもしれない。

『君の時間は返ってくるのかな。』

『こなもんさんがそう望むなら。』


然しながら、私は彼の時間を預かったという自覚がなかったものだから、当然返し方なども分かるはずもなく、また、更にはそう言って笑う彼がやっぱりとてもとても綺麗だから、返すのをやめることにした。

彼を引き寄せる。十歳の頃は肩に乗せられた彼の身体は少し重く、私は少し力が弱いから、変わりに抱きしめた。


十五年で時を止めた彼の心臓は規則正しい音を刻んでいる。彼はこれからも老いない。





愛しい人魚





ミラクル伏木蔵
end.


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