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□その子には花を
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下坂部平太は、通りすがりの穴の中からの気配で、ふと足を止める。

普段より気の小さい彼だが、その日は珍しく好奇心が勝ち、恐る恐る穴の中を覗いてみる。

級友の保健委員か、は組の保健委員か、彼らの先輩らか、はたまた四年の穴を掘る先輩か、

実際、穴の中にいたのは平太の予想したもののどれとも違っていた。


『平太。』

『何してるの。』


級友の初島孫次郎が穴の中で膝を丸めて寝転んでいる。

平太や孫次郎の一年ろ組の生徒は皆顔色が悪いが、ほの暗い穴の奥の孫次郎は顔色の悪さを通り越して色を失いただ白い。

白い顔についた常闇の様な瞳をちろりと平太に向ける。

『僕、今日は兎なんだ。』

平太はこの前、学園の飼育小屋の近くで真新しい土饅頭を見た事を思い出す。


『野犬に首を噛まれて血が全部抜けて死んだ。』


ぼそぼそと呟く孫次郎の唇は言葉通り血の気のない蒼白だった。



君は毎回。君の好きな生き物が死ぬ度にそうするつもりなのかい。



と一瞬聞きそうになり、平太は口をつぐむ。
それはあまり気が利かない言葉だと思った。
孫次郎はしたいからしているだけだ。平太はそれについてとやかく言う気にはならない。


『じゃあ、土をかけてあげる。』

変わりに、穴の回りの砂を少しだけかき集めてぱらぱらとかけてやった。


気が利くね。


砂を顔に浴びながら孫次郎がそう呟いた様な気がした。


僕や伏木蔵や怪士丸とか、皆が死んでも君はそうやって潜ってくれるのかな。


誰もが死んだ世界で彼が一人穴の中で膝を丸めているのを一瞬想像した。


平太が穴の中で眠る孫次郎を見たのは後にも先にもこの時だけである。



その子には花を


end.

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