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□背中
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広い背中だと思った。

彼の背中は特別広いわけでもなかったけど。


緑の装束に包まれたそれは山とか森とか林とかまあ、そんな類のものを思わせるのだが、そのくせ妙に動物臭くもあった。


俺は彼の背中が好きだ。
彼に関するものは何であっても好ましく思えたが、なかでもいっとうに好ましいのは彼の背中だ。

本を読む彼の背中に両の掌を沿える。

彼はふっとこちらを振り返る。

『広い背中だ。』

彼の胸から背中へ、背中から俺の両の掌へ心の臓の脈が伝わる。血が通っている。だけど少しひやりとしている。

『…お前と同じくらいだろう。』

そう言って彼は再び本に目を落とす。

頁をめくる音。
血のめぐる音。

俺は彼の背中に額をつける。

目をつぶれば世界は彼の音と彼の背中だけになった。








背中

例えばの話。
俺が彼を忘れてもこの背中は覚えているのかもしれない。







end.

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