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□グッナイアンドハバナイスドリーム
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多分、自らの叫び声で目が覚めたのだと思ったが、起きぬけの部屋は始めから唾を飲み込む音が響くくらい静かであった。

どろりとした汗が寒い夜の空気に冷やされていく感覚に大きくくしゃみをした。隣で眠る級友は僅かに呻いて身じろぎをした。私のくしゃみの音はあまりにもまぬけで、彼の寝返りのきぬ擦れの音はあまりにも優しい。

彼の肩を揺すれば起きてくれると思った。でも私はそれをしない。彼の寝息はやはりあまりにも優しく響く。

そっと彼の髪を撫でて、音を立てないように部屋を出る。
耳を澄ましてもこの場所にしては珍しい程に何の物音も聞こえなかった。

ふと不安になる。それは小さい子供の様な感情で、その不安を冷めた目で見つめる私も同時にただ、静かな、静かすぎる夜にぼうっと立っていた。



おやまあ。そこにおられるのははちや先輩ではありませんか。


左側からかそけき声。
現れた少年は、その整った顔立ちに似合わずボサボサと寝癖のついた頭で、凡そ忍者のたまごらしからぬでけでけと重く気だるげな歩き方である。


『幼子みたいなお顔をされてますね。』


と目やにのついた汚い後輩の双眸は思った以上に忌ま忌ましい程に鋭いので、私は思い付く限りの他愛のない無駄口を飲み込むしかなかった。


『目やについてんぞ。阿呆。』


親指の腹で目元を拭ってやれば猫の様に目を細める。


『先輩、手ぇ冷たい。』

『お前は温いな。』

『眠たいので。』

『じゃあ、なんで起きてんだよ。』

『厠ですよ。』


そうだ。こんな時間に起きて出歩くのは厠に行くか、何処かのギンギン先輩くらいだ。
そう思えばふと、遠方から耳に聞き覚えのあるあの声が響いてきて、この場所はいつもの夜更けになった。


後輩はお休みなさいと言って、またでけでけと気だるげに歩いていく。

私が部屋に戻れば、級友は起きていてどうかしたのかと問い掛けた。

『なんでもないよ厠だ。』

『そうか、お休み。三郎。』

『うん、お休み。』

布団はすっかり冷えていた。
私は、もう夢を見ないようにと幼子のように願いながら目を閉じる。

そうして、あの後輩の猫の様な顔を繰り返し思い浮かべている内に眠ってしまった。夢は、見なかった。




グッナイアンドハバナイスドリーム




鉢屋は孤独は恐くないが、孤独感には弱いイメージ。




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