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□あれは柳だよ
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ある日、飯加玄南は彼の師匠である灰洲井溝にこんなことを言う。
『僕の夢は、両親と同じ墓に入ることなのです。』
灰洲はそれに対し、ふむ、とも、うむ、とも聞こえるような短い呻きで答え、暫し考えに耽り、それから、本人は恐る恐るといったつもりで、実際には至極あっさりと、自身の目の前で飯を頬張る少年に問いを返した。
『玄南、しかし、お前の両親の墓も骨もどこにあるかは分からないのだろう。』
『はい。その通りです。しょせんは夢ですから。』
灰洲は汁を啜った。玄南は漬物をごりごりとかじっている。
『先生、僕は、夢は、叶わないから夢なんだと思うのです。』
『それは夢がない考えだな。』
『言葉遊びの様ですね。』
『そうだな。』
暫くの内に夕餉を終え、玄南は二人分の食器を盥につけにいった。
灰洲は、彼の薄汚い後ろ姿をただ何となくといった風情で見ている。
やがて茶の入った湯呑みと急須を持って戻ってきた玄南に灰洲は言った。
『私が死んだら、骨をやろうか。』
言った後に灰洲はその言葉が酷く軽薄に響いたことに少し後悔をした。目を泳ぐのをごまかすかのように湯呑みを口に運ぶ。
玄南はそんな灰洲に気づかぬ様子で、彼もまた茶を口に含む。
『先生のことを看取らせて頂けるのはとても嬉しいです。』
彼は茶を、また口に含む。
『ですが、これはもうひとつの夢なのですが、できたら最期は先生を護って、盾となって逝くのが良いのです。』
灰洲は、玄南の言葉が自分の言葉よりも何十倍にも重く響いたように聞こえ、思わず目を伏せた。
なので、灰洲は、自身の前に座る少年の、齢十三らしい無邪気な笑顔のことなど知るよしもないのである。
あれは柳だよ
父性とか母性とか親子の絆だとかに強烈に憧れる玄南君と、そんな玄南君の憧憬や寂しさに自分の存在は気休め程度にしかならないと思っている寂しい灰洲さんの話。