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□千夜一夜のとある夜
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強かに床に頭を打ち付けられて奴が気を失ったので本日の殴り合いは終了となった。
拳で語り合う友情とは良く言ったものだそんなものが友情であってたまるかと俺は鼻をずっとすする、鉄臭くて汗くさくてくらくらとした。
奴はたまに妙に気が立っている時がある、が、その度に憂さ晴らしに殴られ、嬲られるこっちは堪ったもんではない。床にだらりと四肢を伸ばして倒れている奴の顔に濡れた手ぬぐいを投げつけて、俺は酒を口に含む。痛い、熱い、痛い、熱い。
『…もう辞めようや、こんなこと。』
痺れる舌で呟けばびしゃりと後頭部に手ぬぐいが張り付いた。
『今日は、殴ったのは貴様からだったぞ。』
後ろの気配がもぞもぞと起き上がりかけるが、また床にどさりと倒れた。
『…ああ。』
半刻前ほどの記憶を巡る、確かにそうだった。
『大丈夫か?』
『煩い。』
振り向けば奴はしれっとした無表情だったがその顔色はいつにもなく白くて流石に反省した。
それから、しばらく二人で黙っていた。外は寒空だが部屋の空気はじんわり暑く生臭い。
『…なんか話をしろ。』
『何をだ。』
不意に沈黙を俺が切った。
『悲しい話が良い。』
奴がふうと溜息を着いた。いつの間にか部屋の空気は冷えはじめている。
『…会う度に互いを憂さ晴らしの相手にしかできない二人がいた。』
『ああ。』
『そうでないと二人が繋がる術はないので、二人はいつまでも互いを嬲りあう。』
『ああ。』
『ある日一方がもう辞めようというのでその関係を辞める事となった。』
ふう、と、奴の溜息が部屋の空気をまた冷やした。
『それから二人は二度と合わなかった。』
ごそりと後ろの気配が俺の隣へ移る。奴が酒を盃に注ぎ、口に含む。奴が初めて眉をしかめた。
『痛い。』
と、呟きながらも口にまた盃を運ぶ奴と不意に目が合う。
『悲しい話だったろう。』
鬱血した色の厚い口唇がきゅっと笑みの形になる。
『…つまらんお伽話だ。』
渇いた様な音しかでない俺の薄くひび割れた口唇が血生臭く熱いものに塞がれていく。
痛い、熱い。
千夜一夜のとある夜
相変わらず殴ってばっかや
end.