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□魔法の言葉を唱えると
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『あらぶゆぅ』

彼は思いっきり顔をしかめた。

だって、そうであろう。自己主張の激しさを表す様に包帯まみれで人生の後半戦にさしかかってるひょろ高い背のおっさんがいきなり往来で出会い頭に意味不明な事をにやにやと呟いてくるのだ。何が何だと言うのだ。

『あらぶゆぅ』

『何だ貴様。』

にやにやした面に一発、火繩銃をぶち込みたい衝動を押さえながら―第一、彼は今日はただの買い物であったので、いつも背にある彼の銃は屋敷で主人の帰りを待っていた―彼は男に問う。

異国での愛の言葉だ。

と男が答えた。

『わたしはあなたをあいしてます。』

抑揚のない声でその意味を教える。彼はますます顔をしかめる。

『だから、何だと言うのだ。』

『照星は渋面が色っぽいのが良い。』

噛み合ってない会話に彼の苛立ちはつのるのだが、男に褒められた『渋面』を作るのが癪だったので、面の皮から力を抜く様に溜息を吐く。

『溜息も素敵。』

『で、愛の言葉がどうしたと言うのだ。』

少し考える様な仕種をした男は、いや、特別に意味はない。まあ、君の眉間の彼にでも使ったら良いさ。へらへらと笑う。

彼は、ふぅん、と鼻で笑った。


『阿呆。言葉で言わなければ解らないものならそれは偽りだ。』

『わあ、格言なんだか、情緒的なんだか、屁理屈なんだか解らない発言。』

『何とでも言え、あいつには甘言など必要無いさ。』


相変わらず、自己中心的でお互い殺伐としてるよね。と、男がわざとらしい溜息を吐く。

『お互い、』

『あ、眉間の君にも教えたんだよ。まあ、似たような反応だったけど。』

『そうか。』

『ああ、萎えた。萎えた。』

じゃあ、ね、気が向いたら使ったら良いんじゃない。とひらりと片手を振り、男は通り過ぎる。内股気味の男の足音の、その緩慢な音が、ざりざりと彼の鼓膜を引っ掻いた。
仕方がないな、と彼は思う。


『おい、貴様。』

自分より随分高い位置にある肩に手を掛け、男を引き留める。


『あらぶゆぅ。』

男の包帯のかからない方の瞳が僅かに揺れた。口元が微かに引き攣っている。

『…な。』

『気が向いたのだ。』

それに、と彼は付け足す。



『貴様は言葉で無いと解らないのだろう。』





男の瞳がまた揺れた。それを悟られたくないのか、男にしては珍しく少し荒い手つきで彼の手を払い、ざりざりと雑踏の中に消えていった。




魔法の言葉を唱えると



愛と希望が飛び出すの。
かまってちゃん大半。口説きほんの少し、見破られてちょっと焦る雑渡さん。
end.


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