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□あさはかで愚かだからうつくしい
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あなたは莫迦だと言われ
たからそうかいよかった
ねと返してやった。少女
は悔しそうに唇をかんだ
。そんなに悔しがらなく
てもいいのに。それを見
た木場がなぜだか僕をい
さめた。
「その子と話すんじゃな
い」
「おやどうして?構って
ほしくてしょうがないっ
て顔してるのにさ」
沈丁花の香る庭で少女と
向き合っていると、少女
は愛らしいくちびるを僕
に向かって突き出した。
なんとまあ、莫迦な子。
「ねえじっとして黙って
いてご覧、みんなが君を
好きになるぞ」
「榎木津!余計な事を言
うな!」
「この子は随分と可愛い
のだね」
「当り前だろう?柚木加
菜子の妹だ」
誰だそれは。木場に問う
と溜め息をつかれた。失
礼な奴だな。でも柚木加
菜子の妹とやらはずいぶ
ん重々しい過去があった
。なるほど、電車に轢か
れて死にかけた少女の妹
か。思い出した。おまけ
に訳ありの養女だ、性格
もひねくれるはずだ。
「ときに妹君、この家に
食いものはあるかな」
「ない」
「勝手場を借りるよ」
昼餉を食べていないから
腹が減った。妹くんが邪
魔するものだからとんと
押せば簡単に地面に倒れ
た。いい気味だねと笑う
とまたあなたは莫迦だと
繰り返す。頭の足らない
娘だな。放っておいて勝
手口を開けると、ちかち
かした暗闇の中に木場の
野郎がご執心の女が立っ
ていた。成る程こんなに
も美人なら手込めにした
い気持ちは判る。
「あの、何か」
「腹が減ってかなわない
のですがね、何かくださ
い」
「…ええ、残り物でした
ら…」
「姉様!その人にうちの
物をあげてはいけません」
また君か、邪魔だなあと
言うと少女はさっき転ん
だ時に出来た擦り傷を女
に見せた。
「さっきつきとばされた
のです」
「まあ…」
女はだからなんだと思っ
ているみたいだった。ま
あ血のつながりはないよ
うだし当り前かも知れん
。兎に角少女は発言権と
いう物を持たないようだ
った。さらにいい気味だ
なと思うが、それが顔に
出ていたらしい。

「あなた、あなたなんか
は、地獄に落ちてしまえ
ばいいわ」
「お止め。向こうへ行き
なさい」
沈丁花が風に乗ってここ
まで来た。暴言の応酬は
あとできっちりしてやろ
うと思うが、まずは飯を
貰おう。
女はご無礼を、と謝って
から大きな握り飯と冷え
た大根の煮付けを用意し
た。そうして私は木場さ
んとお話しなければなら
ないのでと断って勝手場
を出て行った。大根の煮
付けは味が濃かったが握
り飯の鮭はうまかった。
食べ終えてさっきの少女
を捜すと、沈丁花の茂み
の向こうで泣いていた。
ははあ。なんとまあ、弱
々しい。

「君は面倒くさいな。い
つまで泣いているんだい
」少女に問いかけると、
いつまででもよと返って
来た。しゃぼんの様に浮
かび上がる、君の記憶は
随分と凄惨なものだが、
この春の庭においてはす
べて夢のようになる。き
っと全てが軽薄にして意
味を持たない流れだから
。少女の涙はじきに乾く
だろう。つまらぬが、あ
さはかで愚かだからうつ
くしいのだ。

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