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□脳細胞の蒙昧なる驕り
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幼かった頃、庭の蚯蚓を半分に千切った。でも蚯蚓
はなんとでもないと言うふうに気味悪く動いて二つ
になった。蚯蚓と自分の欠けた指を見て私は、自分
も一部が無いのだから、他の人だって少し切ったく
らいじゃ痛くないんだと思った。蛞蝓にそれをやっ
ても同じだった。私はそれらを嫌っていたが愛でて
もいた。母も私をそうして愛していたのだろう。そ
うだ、好きな物には少しだけ厭がる素振りを見せれ
ば善いのだ。その証拠に私の左手を見やれば、成る
程母が私を愛していたのがわかる。在るべきものが
欠けているから。


そして私は好いた女を愛でてやった。でも何処を千
切れば善いか判らなかったので取り敢えず首を絞め
た。すると女は凄く怖がった。「貴方は可笑しい」
と叫んだ。なんという侮辱だろうか。けれども私は
薄情な人間ではないので、何故か逃げてしまう女
を態々家に引き留めて、時間を掛けてどれだけおま
えのことを愛しているかと教えてやった。すると女
は徐々に私を敬愛するようになっていった。だがそ
れに比例して口数が少なくなり食欲も無くなった。
如何してなのか尋ねると、口数が多い女は貴方の善
い伴侶に成れないから、食欲が無いのは最近でっぷ
りと太った気がしたからと云って笑った。



だが彼女は日に日に痩せ細っていった。痣が濃くな
るほうが可愛らしいので痩せたいだけ痩せればいい
と思ったが、或る日彼女は倒れてしまった。栄養失
調だ。こうなると、世間の意を仰げば彼女の首を絞
めたりするわけにはいかないものだ。困つたが止む
も仕様が無いと思った。私たちはいつでも愛し合わ
なければ成らないし、それを止めた時は私たちが分
たれる時だからだ。なので私はためらい無く彼女を
愛した。女は随分悲しんだが、死んでしまうとして
も構わないだろう、私も直にそちらへ逝くのだから
と諭してやると、安心したように目を細めた。そう
して事切れた。


私の大切なものは三年と保たず消えてしまった。母
様も彼女も。残ったのは非情を形にしたような父だ
けだ。でもあれは匣造りの気鋭だ。芸術家だ。私も
仮に其の息子ならば、彼女の骸は父の芸術の中にう
ずめてやろうと決めた。それは沈黙の痛々しい夜だ
った。







titil/埋火


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