配布終了作品

□七夕
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ゆらりゆらり炎が揺れる。
悲しみ宿した赤い灯が。
空は泣かずに星の川。
短冊吊るして願うこと。
蒼の雷、会わせてくれと。
黒い烏は炎に言った。
願いが叶うと良いですね。





「佐助」

7月7日、七夕。
紅い着流しを着た栗毛の青年は、己が腹心の忍の名を呼んだ。
静かに風が青年の髪を揺らす。

「なんだい、旦那」

姿を現した黒の忍は、ゆっくりと主の元へ歩み寄る。
空を仰ぎ見ながら。
天には数えきれぬ程の星が集まり、大河を成していた。

「……佐助。奥州は今どうなっている」

忍の足がぴたりと止まる。
青年は、豊臣との戦で大怪我を負った、蒼の竜の心配をしていた。
蒼の竜と青年は、恋仲だった。
しかし、時は乱世。
二人は敵どうし。
一度は実りを迎えた果実は、無惨にももぎ取られ、引き裂かれ、潰されてしまった。
互いの忠臣逹によって。

「奥州なら、もう大丈夫みたいだったよ。竜の旦那も……」

言い淀む忍。
それに気づいた青年が、不安そうな顔をする。
だが、忍はすぐに笑顔で言葉を紡いだ。
大丈夫だと。
それに安心した青年は、また空を見る。
その時、忍の表情が無くなった。
青年はそれに気づかない。
忍は嘘をついた。
本当のことを言えなかった。
傷つく主の姿を見たくなくて。
竜は無事だった。
けれど、全ての記憶を失った。
青年のことも、分からない。
忍は主の横顔を眺める。
すると、青年は空を見上げたまま言った。

「次の七夕は、政宗殿と見られるやもしれぬ。短冊にそう書いたからな」

「願いが叶うといいね。旦那。それじゃあ、俺様はこれで」

「うむ」

そして現れた時と同じ様に、音もなく立ち去った。
暫く天を見つめていた青年は、ふと視線を足に移した。
知っていたのだ。
忍の嘘に。

「政宗殿……っ!」

声を押し殺して青年は泣いた。





ゆらりゆらり炎が揺れる。
悲しみ宿した赤い灯が。
空は泣かずに星の川。
短冊吊るして願うこと。
蒼の雷、会わせてくれと。
黒い烏は炎に言った。
願いが叶うと良いですね。


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