配布終了作品

□過ぎた執着
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仕事帰りのサラリーマン、ショッピング帰りの主婦、下校途中の学生、他諸々。
様々な人々で混雑している電車内で、シュラとアイオロスは隣同士で座席に腰をおろしていた。
満員電車にも関わらず、珍しくも座席に座れたのはまさに幸運であった。
隣に座るアイオロスは仕事の疲れからか、先程からシュラの肩に頭を預けて寝息をたてている。
こうしてともに帰路につくのは久し振りのことだった。
最近では都合が合わなくてすれ違うことが多く、とくに出世街道を行くアイオロスは付き合いの飲み会などで帰る時間が深夜0時をまわることがしばしあった。
シュラは下車駅までどのくらいかと、緩く止まりはじめた車内から窓の外に視線をやる。
すると、眠っていたアイオロスの頭が肩からずり落ち、シュラの膝へと着地した。
ここまで熟睡するとは、よほど疲れていたのだろう。
下車する人間、乗車する人間が入れ替わる今は誰も自分達のことは見ていない。
そもそも誰かを見ていることすらないのだろう。
都会では当たり前の光景であったが、シュラには寧ろ好都合であった。
人が見ていないのを良いことに、シュラはそっとアイオロスの頬にかかった髪を払う。
自動扉が閉まると電車は次の駅を目指して出発する。
車内放送で次の駅名が流れた。
その時。
アイオロスの唇が微かに動いき、ごく小さな声がシュラの顔を強張らせた。
人の名。
しかも、女の名である。
のんきに眠る横顔が愛しさから苛立ちに変わる。
普段からポーカーフェイスで、どこかしら冷たい印象を与えがちの切れ長の目がより鋭くつり上がり、対照的に表情は無くなっていく。
能面のような無機質な面に、運悪く近くにいたサラリーマンが関わりたくないと、そそくさと狭い車内を人の間を縫って逃げていった。
はらわたをどす黒い何かが這いずりまわる。
これに名をつけるのならば、おそらくは嫉妬。
いや、それ以上に質が悪い。
放送が響く。
どうやら次の駅へ到着したようだ。
シュラはアイオロスの肩を揺する。
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