配布終了作品

□火照り
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祈りすらも消え行く、運命を砕いた先に見えるものはなにか。
満天の星空は人の生き死にをどう見下ろすのだろうか。
さすらうことを許さずに、ただあてどなくさ迷う心と体を、誰が迎えるのか。
前田家の風来坊、前田慶次は各地を放浪したのち、松永久秀の元を訪れていた。
なりを潜め、水面下で牙を研ぐ猛者達の治める国々を見てまわり、最後に最も危険な趣向を持つ松永の動向を伺うため、そして、身を許した男ゆえに多少の恋しさを抱き、前田家に戻らずやって来たのだ。
季節はすでに梅雨を越し、夏も半ばであった。
汗をかいた体にまとわりつく服もそのままに、松永の元へ行くことを彼の部下は良しとせず、屋敷の離れに通された慶次は風呂桶や手拭いといった一式を手渡された。
どうやら風呂に入れと言われているのだとその行動と渡された物でよくわかる。
慶次は風呂場へと向かった。
汗で湿気った服を脱ぐとがらりと戸を開け、桶に湯を汲むと一気に頭から湯をかぶる。
湯に身を浸し、一呼吸。
溢れ出た湯が床に広がり、湯気で視界がぼやける。
解いた髪がゆらゆらと湯の中に漂う。
見上げれば吹き抜けの夜空があった。
風呂の周囲は竹垣に囲まれて外を覗くことは出来ないが、それでも凝った造りは派手でもなく地味でもない。
慶次は息を深く吸い、盛大に吐いた。
数日この場に留まるとして、後に前田の家に帰れば待っているのは飯抜きと前田利家の妻、まつからのきつい説教だろう。
前田家を出た後に仕出かした喧嘩騒ぎを、恐らくは前田の間者が二人に報告しているはずだ。
そこまで考えて、慶次は大きくかぶりを振った。

「ぐだぐだと考えてたってしょうがねぇ!とりあえず土下座で一発許して……もらえないよなぁ」

ただの想像で正しく推し量ることなど出来はしない。
ひとりぶつぶつと愚痴ていれば、それに返す返事があった。

「なにを許してもらえないのかね」

「!……驚かすなよ」

どうやら戸の開く音が独り言に負けたらしい。
慶次は振り返り、入ってきた男に視線を移す。
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