アネモネの恋


□8:沖田の休日
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陽がだいぶ傾いてきた頃、ようやく船からさっきの女が出てきた。

ったく、焦らして待たせんのは俺の役割だってのに…

苛々しながら女の動向を見守る。

女の手には、何やら大きな丸い包みがあった。

少し重そうに見えるそれは、…まさか爆弾か?

女は船を降りると、港を背にして歩き出した。

よかった、今度は地面を歩いていくらしい。

徐々に俺が身を潜めているコンテナに近付いてくる女。

そして女が横を通る時、ようやくそのツラを確認できた。

…のだが、なんでィあの馬鹿でかいグラサンは!

顔が半分以上見えねぇじゃねーか!!

俺は更に苛々が増したが、それでも静かに女の跡を尾け始めた。








お馴染みの街に出た。

この歓楽街は、夕暮れになると異常に人が溢れ出す。

俺は女を見失わないように必死だった。

大きな丸い包みを大事そうに抱えて、女は振り返りもせず足早に歩く。

どうかこのまま大物攘夷志士の元へ連れてってくれ、俺はそう願いながら追い続けた。


 
突然、女が小さな路地を曲がった。

不意に消えたその姿を見失わないように、俺は慌てて駆け出す。

だが、路地を曲がった俺は唖然とした。

ちょうど、物凄い跳躍で女が屋根の上へ跳んだ瞬間だった。

そのまま女は屋根づたいに跳ぶように移動していく。


「ちっ……ナメやがって…」


俺は上を見上げながら必死に女の跡を追って走った。

休日を捧げてやったんだ、ここで見失ってたまるか。

だが所詮は屋根の上と地上。

静かな住宅街に辿り着いた頃には、女の影は全く見えなくなっていた。






「この鬱憤をどうするか…。やっぱ土方コノヤローにぶつけるしかないかねィ…」


ブツブツ呟きながら諦めてノロノロと引き返す。

それにしても此処はどこだ?

見慣れねぇ住宅街、なんだかやたら竹がたくさん生えている。

江戸にもまだこんな風情がある町並みが残ってたんだなァ…

なんて今の俺はそんな呑気な気分じゃないんでィ!

俺は近くに生えていた竹をとびきりの八つ当たりで蹴り飛ばした。


「きゃあ!?」


しなった竹の向こうで叫び声が上がる。
 
ちっ、人がいやがったのか。

見ると、上品な着物を着た黒髪の女が驚いた顔で立っていた。


「すいやせんでした。アンタ、大丈夫でしたかィ?」

「あ、はい。少し驚いただけです。」

「そいつぁよかった。ちょっと苛々してたもんでね。」


俺はそう言うと、さっさと歩き始めた。

だがふと思い立って女に話し掛ける。


「そういやアンタ、ここら辺で奇妙な女を見掛けませんでしたかィ?」

「奇妙な女?」

「派手な金髪とグラサンの…、背格好はちょうどアンタぐらいでさァ。」


女は少し考え込んだ様子だったが、結局は「わかりません」という返事を返してきた。

俺は「そうですかィ」と言うと、女に背を向けた。

今夜はたっぷり土方に嫌がらせしてやる、そんな思いを抱えながら頓所へ向かった。







つづく




2010.7.23

 
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