□離夏
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「はー今日もあっついなぁ!」

カッターシャツの裾を持ってはたはたと服の中に風を送りながら言った独り言が、思ったよりも大声だったらしく、前を歩いていた生徒の何人かがぎょっとした表情でこちらを振り返る。

(ま、ええか)

その程度の些事を気に掛けないほどに、今のまどかは上機嫌だった。

のんびり歩きながら、頭の中でこれからの予定を組み立てる。

今日と明日は天気もいいみたいやし、部屋ん中を徹底的に掃除する。

はばたき山遊園地でナイトパレードやってるらしいからこれは押さえとかなあかんし、臨海公園の花火大会も外されへんわな――

ぎゅうぎゅうに予定の詰まった夏休みは想像するだけでも楽しい。

と、その前に週末にはクラスの奴らと海に行く約束してるやろ?

それにしても、水着って意外と高いもんなんやなぁ。

月末の近い財布の中身を思い出して、踊っていた心がしおしおと萎れそうになる。

生活に見合った安物買ってもええんやけど、やっぱり安いと生地が薄かったり柄が妙やったりでカッコ悪いし。

そう思うと、ほとんど身一つで実家を飛び出してきた春の自分がほんの少しだけ恨めしく思えた。

あの時は、人一人生きていくんにこんな金かかるもんやとは思ってへんかったしなぁ、なんてほんの数ヶ月前の青臭い自分にため息が出る。

基本的な食費や家賃・光熱費に加えて、交遊費や趣味にかかる金額もバカにならない。

(雑誌やゲーセンなんかに使う分を節約したらええんやけど)

それでも、女の子との話題に事欠かないように面白いこと・新しいことに対するアンテナは常張り巡らせておきたかったし、DDRに新曲が入ったと聞けば居ても立ってもいられなくなった。

そこで、ふと、ある少女の顔が思い浮かぶ。

(ついクセでさっきも着信来てないか確認してもたし)

試験期間に入る前までは随分マメに連絡をくれて、何度か二人で遊びにも行ったのに、試験期間に入るや否や彼女からの連絡はふつりと途絶えた。

真面目そうな子だったから、試験期間はそれこそ真面目に勉強しているのだろうと思っていたのだが、試験が終わり、補習が終わっても彼女から連絡はない。

おまけに、試験期間中にもかかわらずモデルの葉月珪とデートしていたなんていう噂も聞いた。

あれほどマメに連絡を寄越していたのだから、てっきり彼女は自分に好意を寄せているのであろうと思っていたまどかは肩透かしを喰らった思いだった。

(美奈子ちゃんも、大人しそうな顔してなかなかやるやん?)

勘違いして、少し舞い上がっていた自分に笑える。

確かにそれほど派手なタイプではないけれど、充分に綺麗な顔立ちをしている彼女を男共が放って置かないのだろう。

その中から、モデルというブランド価値のある葉月珪を選んだ。

とどのつまり、自分は葉月珪に対する当て馬で、本命デートの練習台だったってことか。

(ま、オレは人のこと言われへんのやけどな)

本命は居なくとも、すでに何人かの女の子とデートの約束は取り付けている。

ただ、夜に出歩くということもあってなんだか少し特別な気がする、花火大会だけは誰と行くか決めかねていた。

(試験前はおぼろげながら美奈子ちゃんとって思ってたけどな)

特別な感情を持ち合わせている訳でもないが、それでも自分を取り巻く女の子たちとは雰囲気の違う彼女を少しだけ別格に思っていたりもした。

あぁ、あかんあかん。

遠くに自宅が見えて、まどかは不要な考えを振り払うかのようにぶんぶんと頭を振った。

逃がした魚はでかく見えるもんなんや!

そう、自分を慰めて部屋の鍵を取り出そうとした時、携帯が鳴った。

ディスプレイには彼女の名前。

葉月は?

ほんの少し首を傾げながら電話に出る。

「あ、姫条くん?わたし、美奈子だけど――」

次の言葉に、まどかはもっと首を傾げることになった。

「8月4日に花火大会に行かない?」

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「あと2週間で期末試験だ!」

「ねぇちゃん。最近さ、男に冷たくしてんじゃない?」

「尽!また勝手に……って何のこと?」

そんな彼女の後日談。

101105 結 




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