夢
□Day after Special day
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「美奈子。次の日曜、遊園地へ行くぞ」
放課後、昇降口へ向かう階段の途中で私を呼び止めた小波はつっけんどんにそう言った。
余りにも意外な言葉に、返事をするのも忘れてまじまじとその顔を凝視してしまう。
そんな私の反応に少し苛立ちながら、彼は胸の前で組んだ自身の腕を指でトントンと叩く。
「行くのか?行かないのか?」
「あ、えっと、行きます」
「なんだ、その変な顔は」
「だ、だって……」
「だって?」
「……」
「なんだよ、言えよ」
そういう威圧的な態度が、口篭っている人間を更に萎縮させるって分かってやってるんだろうか。
分かってないからそうなるんだよね。
心の中で小さくため息を吐きながら、素直に思ったことを答える。
「……意外だなって」
「は?」
「だって小波、遊園地はあんまり好きじゃないですよね?」
「まぁな。でもおまえは――」
「私?」
「うるさい。日曜にバス停、遅刻するなよ」
私の返事も待たず彼は、用は済んだとばかりに踵を返してさっさと行ってしまった。
(『おまえは――』なんて意味深に言われたら続きが気になるのに……もう)
今日は吹奏楽部の練習がないから、これから音楽室でピアノを弾くんだろう。
行き先は分かってるんだから、小波のこと追いかけて行って言葉の続きを訊ねてもよかったんだけど……
素直に答えてもらえる気がしなかったし、悩んだ末に私はそのまま家路についた。
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キラキラと七色に輝く電飾で彩られた天井をカボチャの馬車の中から見上げる。
正面の座席には怒ったような顔でそっぽ向いている小波。
前回、この遊園地に来た時にも嫌がる彼を無理に押し切ってこれに乗った。
乗る前に散々抵抗されて、降りた後も散々文句を言われたから、もう二度と一緒に乗ってはくれないとばかり思っていたのに。
(しぶしぶながらこうやって付き合ってくれるなんて――ホントはお人好しなのかも)
そう思ったけれど口には出さない、叱られそうだから。
私もそこまでメリーゴーランドが好きな訳じゃない。
やっぱり高校生にもなると子供っぽくてちょっと恥ずかしいし。
それなのにこれに乗りたがるのは、小波の嫌がる顔が可愛いから、つい……なんて。
そう言うときっと、もっと叱られるよね?
「なんで、毎回これに乗るんだよ……」
馬車から降りながら、げんなりとした表情でそう言った彼に「ちょっと恥ずかしいですね?」なんて返事したらもっと嫌そうな顔をされた。
(おかしい……)
普段通りの反応には違いないのだが、今日の小波には時おり違和感を覚える。
いつもより少しだけ反応が丸い。
いつもだったらもっとイヤミや文句なんかが飛んで来るのに、今だってほんの少し苦々しく笑ってるだけ。
何度も、何か言いかけては思い直して、ゆっくりと言葉を選ぶように一言一言を吐き出す。
(どうして?)
気遣ってくれるようなそぶりを見せる小波の態度が嬉しい筈なのに。
「何かありましたか?」
遂に我慢できなくなってそう尋ねてしまったのは、私の門限を気にする彼にこれが最後だと念押しされながら乗り込んだ観覧車の中だった。
「今日の小波は、どこか変です」
「……どこが?」
「どこがって……その」
態度とか?
そう言ったら、また叱られるんだろうな。
なんと返事したものかと逡巡する私を、小波が凝視する。
「あの、えぇっと……」
何か言わなきゃいけないのは分かっているんだけれど、言葉を選んでいたら時間がかかる。
苦し紛れについ、本音が出た。
「た、態度!とか……言葉遣いとか……」
思わず俯いて、声が小さくなってしまう。
「……」
何も言われなかった。
不審に思って顔を上げると、小波の目が吊り上がっていて、慌てて私は謝まろうと口を開いた。
が、それを遮って小波が先に口を開く。
「もういい、サービスは終わりだ」
そう言って座席に深く沈みこみ、目を閉じて、肺の奥の奥から長いため息を吐いた。
「サービス?」
何のことか分からず、私は首を傾げる。
「何のサービスですか?」
そう言ってから、しまった、と思った。
少し疲れた顔で目を閉じていた彼が、じろりと私を睨みつけている。
まずいまずいまずい。
疲れている時の小波ほど扱いにくいものはないのに。
うろたえる私を見て彼は呆れたようにまた深いため息を吐いた。
「自分の誕生日も覚えてないのか」
「誕生日――は過ぎましたけど」
ほんの数日前に。
小波からもお祝いしてもらえるのかな、なんて淡い期待を抱いていたけれど、それは全くの見当違いで随分がっかりした。
廊下ですれ違った時も、いつも通りだった。
次の日も、その次の日もいつも通り。
私の誕生日なんて、知ってる筈ないよね。
柄にもなく、落ち込んでみたりもした。
なのに今更、誕生日の話?どうして?覚え間違えてたの?
「過ぎたことぐらい知ってる」
「じゃあ、なんで――」
「過ぎてから、思い出したんだ」
「へ?」
「だから、過ぎてから思い出したんだって言ってるだろ!忘れてたんだ、おまえの誕生日を!」
耳まで真っ赤にして、そう怒鳴られた。
ひどい!し、そこまで怒らなくったって――そう、抗議しようと思ったのに。
「……っそれでも、祝ってやりたかったから」
真っ赤な顔のまま、小さな声でそう付け加えた。
「いま、なんて」
「うるさいな」
そっぽを向いて、次第に低くなっていく景色を眺めている小波の横顔は相変わらず耳まで真っ赤。
わざわざデートの場所に遊園地を選んだのも、今日の張り合いのない態度の違和感も。
全部全部、私のため?
私への誕生日プレゼント?
ほんとに?
そこまで思考が辿り着いて、思わず顔が緩んでしまった。
今度は見当違いじゃないよね?
「ありがとうございます」
「……」
お礼を言った私の目の前に、おもむろに小さな包みが差し出された。
小波は相変わらず窓の外を眺めたまま。
あと数センチで包みが鼻にぶつかるところだった。
もう!
「これ……」
箱に手を添えると、放り投げるように手放されてしまい、慌てて受け止める。
淡い白銀色の包装紙に落ち着いた鳶色のシルクのリボンがかかっているそれは、とてもとても小波らしかった。
今までどこに隠し持っていたのだろう、包装紙にもリボンにもシワひとつない。
外見から、中身が恐ろしく高価なものであることは、容易に予想できた。
「くれるん、ですか?」
「見せびらかすために出したとでも思ってるのか?」
「う……」
本当にサービスは終わったらしい。
いつも通りの小波の態度に辟易しながらも、どこか安心感を覚える。
「開けていいですか?」
「家に帰るまで待て、みっともない。もうすぐ地上に着くだろ」
その言葉と同時に扉が開き、お疲れさまでしたーって言う係員のお兄さんの明るい声がゴンドラ内に響いた。
「美奈子」
先に降りて小波が手を差し伸べる。
「足元、気をつけろよ」
ぶっきらぼうにそう言う彼の手をしっかりと握ると、私はひと思いにゴンドラから飛び降りた。
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Happy Birthday, 桂さん!!
お誕生日当日にBD後のお話ってどうなん……と思いつつ。
BD後に普通→友好になり、かつ次の日曜がデートっていう条件で発生する、こんなイベントがあればいいのに!という自分が楽しい妄想でした。笑
ご笑納頂ければ本望です★
101117 結