夢
□ワイルドアンドセクシー
1ページ/1ページ
どうかお願い、私だけを見ていて。
----------
たたん、と電車が枕木を踏む。
まだ陽が傾くには少し猶予がある時間。
最近、新しく出来たという一駅先のカフェに向かう途中の彼等。
人影もまばらな電車の中、仲良く並んで他愛もないことで笑い合う。
「なんか、いいにおいがする」
唐突に彼女はそう言った。
「まどかから?」
目ざとく彼の変化を嗅ぎつける。
「あぁ、これやろ?」
少し身体を回して、はたはたと彼女の前で左手を扇ぐ。
「香水?珍しいね」
彼からはいつも、微かにオイルの匂いがするだけのに。
ちらりと疑念が頭をもたげる。
彼にはいつも、女の影がついて回るから。
そんな彼女の猜疑を敏感に感じ取った彼は、ちゃうで、と牽制する。
「移り香とかとちゃうからな。もらってん、昔」
「へぇ」
彼女の視線の温度が下がる。
一瞬、間を置いて、その理由に思い至った。
「女の子からの貢物でもないで!」
「それ、なんの香り?」
彼の言い訳は、軽く受け流される。
弁明は、すればするほど疑われるもの。
それに気づいたらしい彼も、彼女の話題転換に乗った。
「ムスク。ワイルドアンドセクシーな感じがエエやろ?」
「ふぅん」
「な、なんやの、その冷たい視線は!」
「別に」
「ほんま、難儀なやっちゃな〜。そんなところも可愛いんやけど」
へらっと笑う彼から視線を外す。
「ワイルドアンドセクシーかどうかは置いといて」
彼女は呟く。
その匂いは、甘くて温かくてまどかっぽい。
「え?何て?」
車内放送に被って聞こえんかったから、も一回言って?
そっぽ向いた彼女の耳が赤いから、彼はわざと聞き返す。
自分がニヤけているのを感じながら。
「あぁ、もぉ、うるさい!」
車内放送が、もう一度繰り返される。
目的地は、すぐそこ。
----------
「ところで、なんで左手だけ?」
コーヒーを口に含みながら彼女はきいた。
「そら、自分。右手に匂いついててみぃ、飯食う時にクサてしゃあないやろ!」
「あ、そう」
(どこがワイルドアンドセクシー?)
100807