□ワイルドアンドセクシー
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どうかお願い、私だけを見ていて。

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たたん、と電車が枕木を踏む。

まだ陽が傾くには少し猶予がある時間。

最近、新しく出来たという一駅先のカフェに向かう途中の彼等。

人影もまばらな電車の中、仲良く並んで他愛もないことで笑い合う。

「なんか、いいにおいがする」

唐突に彼女はそう言った。

「まどかから?」

目ざとく彼の変化を嗅ぎつける。

「あぁ、これやろ?」

少し身体を回して、はたはたと彼女の前で左手を扇ぐ。

「香水?珍しいね」

彼からはいつも、微かにオイルの匂いがするだけのに。

ちらりと疑念が頭をもたげる。

彼にはいつも、女の影がついて回るから。

そんな彼女の猜疑を敏感に感じ取った彼は、ちゃうで、と牽制する。

「移り香とかとちゃうからな。もらってん、昔」

「へぇ」

彼女の視線の温度が下がる。

一瞬、間を置いて、その理由に思い至った。

「女の子からの貢物でもないで!」

「それ、なんの香り?」

彼の言い訳は、軽く受け流される。

弁明は、すればするほど疑われるもの。

それに気づいたらしい彼も、彼女の話題転換に乗った。

「ムスク。ワイルドアンドセクシーな感じがエエやろ?」

「ふぅん」

「な、なんやの、その冷たい視線は!」

「別に」

「ほんま、難儀なやっちゃな〜。そんなところも可愛いんやけど」

へらっと笑う彼から視線を外す。

「ワイルドアンドセクシーかどうかは置いといて」

彼女は呟く。

その匂いは、甘くて温かくてまどかっぽい。

「え?何て?」

車内放送に被って聞こえんかったから、も一回言って?

そっぽ向いた彼女の耳が赤いから、彼はわざと聞き返す。

自分がニヤけているのを感じながら。

「あぁ、もぉ、うるさい!」

車内放送が、もう一度繰り返される。

目的地は、すぐそこ。

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「ところで、なんで左手だけ?」

コーヒーを口に含みながら彼女はきいた。

「そら、自分。右手に匂いついててみぃ、飯食う時にクサてしゃあないやろ!」

「あ、そう」

(どこがワイルドアンドセクシー?)

100807


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