□量より質、それが全て
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どーでもええ奴には一回好きやって言えば伝わるのに、めっちゃ好きなやつには百回言っても伝わらへんって誰かが言ってた。

ほんま、勘弁して欲しいわ。

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教室の中に広がる甘い香り。

「いいよなー女は」

授業でうまいもん作って食ったりよー

姫条の前に座るや否や、鈴鹿はそうごちた。

休み時間にわざわざひとの教室まで来て一言目がそれかい。

心の中で小さくつっこみを入れるが、口には出さない。

雑誌から目も上げずに姫条は別の言葉を返す。

「男も選択出来るで、家庭科」

そう、選択肢にはあるのだ。

例年、男の希望者がいないだけで、自分達だって大勢の女の子に混じって甘い香りを全身にまといながら調理実習に参加しようと思えば出来る。

「女に混じって、んなこと出来っかよ」

不貞腐れたように鈴鹿は顎を突き出す。

じゃあどうしようもないやんか、と苦笑する。

「つか、お前はそんなだから余裕かましてられんだよなー」

そんな。

恨めしそうな視線の先には膨れ上がった鞄。

「はは、ええやろ」

姫条は丸々と太った鞄の腹をぽんぽんと叩いた。

うまく入らなかった分が鞄の隙間から覗いて、ふわふわと桜色のリボンを揺らしている。

別に誰かにくれと頼んだ訳ではない。

しかし、実習の日は姫条の鞄が溢れんばかりの可愛らしい貢ぎ物でいっぱいになるのがいつの間にか恒例になっていた。

「自分は紺野ちゃんに貰えばいいやん」

鈴鹿が所属するバスケ部のマネージャーの控え目な笑顔を思い浮かべる。

何気に二人は似合いだと思うのだが。

「あいつはな〜…微妙」

そう呟く鈴鹿の顔を見た。

興味本意で。

言葉とは裏腹な満更でもないという顔をしていたら、存分にからかってやろうと思ったから。

それが間違いだったことに気付く。

「自分、それやめい」

「あ?何をだよ」

無自覚であるあたりが余計に気色悪い。

「その口や」

男が拗ねたように唇を尖らせる姿なんておぞましいにも程がある。

指摘すると鈴鹿は顔を真っ赤にした。

「う、うるせぇ」

あかん。

男の赤面する姿とか、ほんまあかん。

殺人的な破壊力や。

「ほんま勘弁して…」

「知るかよ」

「なにやってるの」

わぁわぁと騒ぐ彼らの間に笑いを含んだ涼しげな声が滑り込む。

「美奈子ちゃん!」

「小波!」

二人の声が重なる。

どないしたん、と言いかけて、姫条は目ざとく彼女の手に握られた小さな袋に気付く。

「それ、オレに?おーきに…」

にこやかに手を差し出す。

だってそれは、今日、何度となく繰り返してきたやりとりだから。

「あ、これ?」

美奈子はちらりと自分の手元を見る。

「ごめん、もうないんだ」

美奈子はかじりかけの最後のひとつをしゃくしゃくと頬張った。

あぁ、さいですか。

差し出されたままの手が悲しい。

「それにまどか、そんなにいっぱいもらってるじゃん」

無邪気な笑顔に打ちのめされる。

鈴鹿からの哀れみ光線が頬に痛い。

自分のが欲しかったんや、とはもはや言えない。



100621


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