□君のものなら、全部欲しい
1ページ/1ページ

「まどか」

オレの耳をくすぐる甘い声。

駆け寄ってくる軽い足音に逸る気持ちを抑え、たっぷり三つ数えてから振り返る。

「美奈子ちゃん」

うん、ええ感じにさりげない。

オレの反応が及第点である事を示すように美奈子がふわりと微笑んだ。

「体育やったん?」

うなじに張り付いた一筋の髪を見ながら、答えの分かっている問いを投げかける。

「うん、バスケだったの。体育館の中はむしむしして地獄だったよ」

少し湿った髪といい、まだ少し上気している頬といい、なんやごっつ艶っぽい。

アホ、何考えてんねん。

頭ん中から邪な自分を追い出す。

「試合、勝った?」

無言のVサインがかざされる。

オレの目の前でぴしっと立てた二本の指をスイングさせながら無邪気に笑う姿は子供そのものや。

おめでとーさん、そう言いながら手荒く髪を撫でてやる。

くすぐったそうに笑った美奈子ちゃんは、ふと真顔に戻る。

何か言いたそうにこちらを上目づかいに見遣ってくるが、もじもじと開きかけた口をまた閉じてしまった。

なんや?

「あの、あたま」

消え入りそうな声。

「すまん、痛かったか?」

「そうじゃなくて!」

開きかけた口に躊躇いを含みながら、やっと言葉を搾り出す。

あせくさいのに…

あんまりちっさい声やったんで、後半はほとんど聞こえへんかった。

でも、なんて言ったかは大体察しがつく。

「大丈夫、気にせんよ。むしろラッキー」

ほんの微かに湿った自分の手をぷらぷらしながら笑ったところで自分の失態に気付く。

だが、もう遅い。

「何がラッキーなの?」

彼女は耳ざとく、オレの適切でない言葉につっこむ。

「あ、いや、こっちの話」

変なまどか、そう言いながら美奈子ちゃんは教室に戻っていく。

そ、こっちの話。

しばらく手洗わんとこかな、なんて口が裂けても言われへん。


100619


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ