□全力疾走
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「アタシ……藤井奈津実は、

姫条 まどかが好き!!

誰にも渡さない!!」

……誰にもってのは、アンタにもって意味だからね?

一方的にライバル宣言して、念押しして、驚い顔で固まったままのあの子に背を向けた。

何やってんだろ、アタシ。

自分の吐き捨てた台詞に、自分で傷つくなんてバカみたい。

『すまんな』

そう言って俯いたアイツの顔を思い出して、胸に刺さったままの棘がチクリと痛んだ。

そんな顔すんな、バカ。

あんたはいつだって、悪戯っ子みたいな顔で笑ってなきゃ……

そう記憶の中のアイツに悪態をついたら、不意に出会った頃のまどかの顔がよみがえった。



入学式が終わって、教室に戻っていく新入生の中にひと際うるさい集団があった。

入学初日から、校則違反全開の男子たちが教員につかまってお説教を受けている。

あーあ、面倒くさそうなのに捕まって……うわ、ヒムロッチじゃん。

御愁傷様。

心の中で殊勝に手を合わせてから傍を通り過ぎる。

「せやかてセンセ。オレ、ネクタイアレルギーなんやからしゃあないやん」

聞き慣れないイントネーションに思わず振り返った。

かなり長身のヒムロッチの真正面に立つ、色黒関西弁男に見覚えはなかった。

(外部進学組?)

これだけ目立つ生徒だ、三年間同じ空間で生活していて気付かない筈がない。

頭ひとつ分違うその表情豊かな顔を、ちらりと盗み見たつもりがばっちり目が合ってしまった。

「あ」

唐突に彼は声をあげる。

「自分やったんか!」

「は?」

「ピンや、ピン」

そう言って、彼は自分の額をとんとんと叩いた。

「さっき、体育館から戻る時になんや可愛らしいヘアピン落ちとったから、持ち主は困ってるやろなーって思っててん」

「うそっ!」

あれ、お気に入りだったのに。

慌てて自分の頭に手をやる。

「どこに落ちてたか、ニィやんが案内したるわ」

せやからセンセ。ボク、用事が出来たんで。

悪戯っぽく笑って、関西弁の男は私の手をとった。

「ほな行くで!」

「わ、ちょ、ちょっと待ってよ!」

待ちなさいキジョウ、フジイ!

走り出した私たちの後ろで、ヒムロッチが鋭く叫んだが、彼は一向に気にしない様子で廊下の先を見つめていた。



「……っ、なにっ、も、走る、ことっ……な、なかったんじゃ……ない!?」

結局、体育館までほぼ全速力で走らされた。

息が上がったまま、余裕の表情のカンサイ男を睨む。

「いやースマンスマン」

悪びれた様子もなく、彼はからっと笑う。

勝手気ままかと思えば、アタシが息を整えるのをさりげなく待ってくれる。

掴めないヤツ。

「ところでさ、ヘアピンって……」

ホームルームの時間が迫っていたし、さくっと本題に切り込む。

そしたら、さくっと「あれはウソや」なんて切り返された。

「やっぱり……」

あの時、とっさに触れた私の前髪には、お気に入りのピンがきっちり二本くっついていた。

「いやー厄介なセンセに捕まってもたんで、ついつい藁にもすがる思いでな?」

せやけど自分、こんな男前に振り回されて、満更でもなかったやろ。

そう言ってにたにた笑う。

「自分で言うなっての」

思わず噴き出した。

そんな私を見て、カンサイ男がもっと笑う。

「ほな、改めまして。俺の名前は姫条まどか。女みたいな名前 やけど、実はこう見えても女やねん!」

「は?」

どのあたりがよ?

真面目な顔でそう言った姫条に思わず突っ込みを入れる。

「そんな……!オレがAカップにも満たへんぺちゃパイやからって、それはヒドないか?」

相変わらず神妙な面持ちのまま、泣き真似をする彼が可笑しくて、アタシが笑い始める。

それを見て、姫条が悪戯っ子みたいな顔で無邪気に笑った。

心臓がざわりと波打ったのを合図にするみたいに、予鈴が鳴った。

「ま、今日のお礼に今度、茶でも奢ったるわ」

ほなな、フジイ。

ひらっと手を振り、姫条は私に背を向けた。

「……っ」

アタシの、名前。

さっきヒムロッチが叫んでたからか。

収まったと思っていた動悸が、また一段と激しくなる。

「……たったあれだけの運動で、アタシもまだまだ鍛え方が足りないな」

小さく息を吸い込んで、教室に向かって走り出した。

早く行かないと、新学期早々の大目玉だ。



(動悸は単なる全速力で走らされたからだって、そう言い聞かせたのに)

言い訳だってこと、初めから気づいてた。

『せやけど自分、こんな男前に振り回されて、満更でもなかったやろ?』

そう、姫条は言った。

未だに、アタシは振り回されっぱなしだ。

でも、うん、そうだ。

満更じゃない。

アタシ……藤井奈津実は、姫条まどかが好き。

アンタだけは誰にも譲れない。

例え、姫条がアタシを見ていなくたって。

振り向かせてみせる、必ず。

110523


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