□嘘吐きは、毒
1ページ/1ページ

早々に学校から引き揚げて、部屋でのんびり雑誌をめくっていたら、ギッと軋んでWEST BEACHの扉が開いた。

来客らしい。

出迎えたルカと、やって来た誰かとが階下で話す声が微かに聞こえる。

別段興味もねぇ。

ずっと同じ姿勢で固まり始めた筋肉をほぐすように少し姿勢を変えると、次のページへ紙をくった。

遠くでさやさやと流れる声が耳触りのいいバックミュージックになって、ほどよく眠気を誘われる。

意識が落ちかけた瞬間、耳をつんざく様な破砕音に心臓が跳ね上がった。

心なしか、部屋が焦げ臭い。

錯覚ではない。

部屋が白煙でもうもうと曇っている。

「おい、ルカてめぇ」

何やってやがる!そう言う前に、大丈夫だから〜と気の抜けるような声が上がってきた。

どう考えても大丈夫じゃないだろうが。

手にしていた雑誌をベッドに放り投げて、螺旋階段を降りる。

ルカの部屋を通って、一階へ降りようとしたら、慌てて上って来た美奈子に道を塞がれた。

「おう、来てたのかよ」

「うん、来てたよ」

「下でなにやってんだ、お前ら」

「だっ大丈夫だから」

さっきのルカと同じ事を言いやがる。

「大丈夫じゃねぇだろ」

「いいの、大丈夫なの!コウちゃんはダメなの!」

「そうそう、コウには関係ない」

美奈子を援護するように、階段の下からルカが顔を覗かせてそう続けた。

「関係ないだぁ?」

大ありだろうが。

ここに住んでんのはお前だけじゃねぇ。

部屋にある、おいそれと手に入らないコレクションの数々が焼け出されたとなりゃ、泣くに泣けねぇんだよ。

俺がそう言う前にルカが悪戯っぽく笑った。

「あ。もしかして、仲間外れにされてると思った?」

「は?んな訳ねぇだろ」

子供じゃあるまいし。

分かってない、と言いたげにルカは首を振る。

「寂しがり屋だなぁ、お兄ちゃんは」

その言葉にカチンときた。

誰が寂しがり屋だって?

それはテメェだろうが。

「あぁ、そうかよ」

じゃあ勝手に二人でイチャついとけ。

壁に掛けてあったバイクのキーを取る。

「今日は帰んねぇから」

「そっ……!」

「どうぞごゆっくり」

何か言いかけた美奈子の口を手で塞いで、ルカが薄っぺらい笑顔で俺を見送る。

それを一瞥して、後ろ手に扉を閉めた。

ルカの言葉が頭に来たのは、半ば図星だったからだ。

まるで秘密を共有しているような、俺の知らない合図で笑い合うような二人に疎外感を覚えた。

いつだって三人でやってきたってのに。

そんな女々しい思考に辿り着いて苛々する。

ガラじゃねぇだろ?

ばかげているにも程がある。

小さく舌打ちをして、グリップを強く握った。



馴染みのジャンク屋を何軒か冷やかした後、臨海公園の大観覧車を眺めながらぼんやりしていたら、ルカから着信があった。

暫く無視していたが、一向に切れる気配はない。

仕方なしに通話ボタンを押して、受話口を耳に押し当てる。

「コウ、今どこ!?」

やけに切羽詰まった声が流れてきた。

「美奈子が」

目、覚めなくて。

アイツにしては珍しく、やけに動転している。

要領の得ない言葉をつなげると、どうもキッチンで転んだ美奈子が頭を打って、呼んでも起きないらしい。

ざわっと黒いものが身体の中を駆け巡った。

「どうしよう」

今にも消えそうな声が情けなく鳴く。

バカルカ。

「救急車呼べ。俺もすぐそっちへ行く」

そう言いながらSR400にまたがった。

キーを回す手が微かに震えている。

ビビってんのか?

ばかばかしい。

「美奈子から目、離すんじゃねぇぞ」

なんかあったら、また連絡しろ。

終話ボタンを押すと、携帯を尻ポケットにねじ込む。

アクセルを回して、急発進した。



「美奈子は!?」

立て付けの悪いWEST BEACHの扉を叩き開け、室内に一歩踏み入れた。

途端、何かがはぜる音がし、一拍置いて、頭上からなにやら鮮やかな紙片がひらひらと舞い落ちてくる。

扉の両脇に満面の笑みで使用済みのクラッカーを手にしたルカと美奈子が立っているのを確認して初めて、自分に降り注いできたものがその内容物だと気づく。

「は?」

美奈子が目、覚めなくて。

そう言って切羽詰まった声で電話してきたのは誰だ?

「美奈子、頭は?」

そう問いかける俺を無視して、二人は目を見合わせてクスクス笑っている。

「ほらね、言った通りだろ?」

「うん、やっぱりだね」

「なんだよ、やっぱりって」

そう言うと、また二人は笑う。

何なんだ、一体。

「コウ、今日は何の日?」

「はあ? 知るかよ」

「今日は……コウちゃんのお誕生日だよ?」

にっこり微笑んだ美奈子が俺の手を取る。

ニコニコ顔の二人に案内されたテーブルには難渋の跡がそこここに見られる料理の数々と、甘ったるそうなクリームがたっぷり載ったケーキ。

「「ハッピーバースデイ」」

そう言われて、もう溜息を吐くしかなかった。



「おまえらよ、もっとこう……やり方ってもんがあんだろうがよ」

黒焦げを免れた部分を選り分けながら、ハンバークと思しきものに箸を伸ばす。

「迫真の演技だったろ?」

「ウルセー」

したり顔でニヤつくルカの頭を小突く。

でも、やっぱり鍋が爆発してWEST BEACHが吹き飛んだって言った方がよかったかな。

真剣にそう呟く姿にそれは嘘ってのが見え見えだろうと心の中で突っ込む。

いや、こいつが言うとなんだかシャレになんねぇ気がする。

「嘘吐きはドロボーのはじまりっつーんだよ」

喉で笑って、肉を口に放り込む。

「でもっ、でもね!頭打ったのはホントだよ!」

ほら!なんて言いながら、美奈子は前髪を掻き上げて見せる。

フォローのつもりか?

苦笑しながら見てやると、確かに額の中央がほんの少し赤く腫れていた。

「へいへい、分かったから黙って食え」

分かってない、なんて叫ぶ美奈子と、ケーキにがっつくルカに挟まれて、こんな誕生日も悪かねぇと思う。

(随分、毒されてんな)

そう悪態はつくものの、毒されてる今の自分もきっと悪かねぇんだろう。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ