□生憎、砂糖は切らしておりまして
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「おじゃまします」

「いえいえ、何もお構い出来ませんが」

そんなご近所ごっこなんかをしながら、美奈子ちゃんを部屋に通した。

「あれ?模様替えした?」

きょろきょろと部屋を見回しながら、彼女は定位置であるソファの左側にちょこんと腰かける。

「ベッドのカバー変えただけやで」

「あ、ほんとだ」

カバー変えるだけで部屋の雰囲気がすごく変わるね。

そう言ってふんわり笑う彼女に微笑み返して、キッチンに向かう。

「コーヒーでええか?」

「あ、私も手伝う」

そう言って、とことことこちらに駆けて来る美奈子ちゃんに、思わず頬が緩む。

なんや、新婚さんみたいやな。

二人並んでキッチンに立つのはこれが初めてではないけれど、それでもなんだかドキドキしてしまうのは、あまりにも一人でいる時間が長過ぎたせいか。

ケトルで湯を沸かしている間にドリッパーをセットする。

「ん?」

「なんや?」

「まどか、コーヒーでいいかって聞いたよね?」

「おー、聞いたな」

「まどかんち、コーヒー以外に何かあるの?」

「んー……ないなぁ」

「だめじゃん」

聞いた意味ないよーと背中をどつかれる。

そらそうか。

「でも今日は、姫条まどかスペシャルブレンドやからな!楽しみにしとき」

小さく頷いた彼女の頭をかき混ぜると、カタカタと会話に入りたそうにケトルが話しかけてきた。

火を止めて彼を黙らせると、ゆるゆると振り混ぜ、少しだけ冷ます。

ゆっくりとコーヒーの粉の中心へ湯を落とすと、そこだけがふくりと盛り上がった。

「いい香りだねー」

そう言いながら、ふわふわと上がってくる湯気とじゃれる彼女はまるで猫のようだ。

コーヒーサーバーに落ちた黒い液体をそれぞれのカップに移す。

「はい、いっちょあがり」

あ、ええよ、オレが持っていくから。

カップを運ぼうとした彼女を制して、リビングへ行くよう促す。

ひと足先にソファに収まった彼女の前へ、恭しくカップを差し出した。

「どうぞお召し上がりください、お姫様」

あはは、と笑いながらシュガーを探しに行こうと再び立ち上がった彼女の手首を反射的に掴む。

「すまんけど、今日は砂糖もミルクも切らしてんねん」

「え?」

少し困った顔をして振り返った彼女を見て、疑いが確信に変わった。

(やっぱり、コーヒーは苦手か)

気付いたのはいつだったか。

この家に来た時はニコニコしながらまどかの淹れたものを口にしてくれるが、外食に行くと決まって食後は紅茶を頼む。

もしかして、と思っていたのだが、やはり。

「あの、私……」

おずおずと口を開いた美奈子ちゃんの言葉に被せて、強引に一口を勧める。

「意外とブラックもいけるもんやで」

(堪忍な)

ほらほらと有無を言わさぬ笑顔で彼女を押し切った。

暫く逡巡していた彼女は、恐々カップに口をつける。

「……」

「……」

なんとも言えない気まずい沈黙が部屋を満たす。

「……」

「……」

時計の秒針の音だけがやけに大きい。

「……」

「……」

ふたりでおって、今までこんな長い沈黙あったやろか。

「……」

「……」

あかん、耐えられへん。

「す」

すまん、引き出しに砂糖しまっとったん思い出したわ。

そう言いかけた時、美奈子ちゃんが、ぱっと顔を上げた。

「……美味しい!」

一言そう言って、驚いた顔のまま彼女はまどかに詰め寄った。

「なんで?これ、コーヒー?」

だって、私――

そこまで言いかけて、彼女は我に返り、口篭る。

「“だって、私コーヒー苦手やのに”?」

「えっと……」

「ほんま自分、嘘吐くん下手やなぁ」

彼女の頬が赤く染まる。

「気づいてたの?」

「半信半疑やったけど」

しゅんと彼女は俯く。

「……で、でも」

これなら、飲めるよ。

消え入りそうな声で呟いて、芳ばしい香りの液体を口に含んだ。

「姫条まどかスペシャルブレンドやからな」

豆屋のおっちゃんに無理言って、美奈子の為だけにブレンドしてもろたんやで。

その言葉は胸に留めたまま、まどかも少し冷めた自分のカップに口をつけた。

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無理はして欲しない。

でも、好きなもんを共有できるんが一番やん?

110420

 

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