□琥珀色の午後
1ページ/1ページ

とろり、とろり。

窓から入る優しい午後の光を内側に含んで、琥珀色の液体が細い細い柱をつくる。

ゆるゆるとやわらかに流れるのを眺めていると、それが上から下へ落ちているのか、それとも、下から上へ昇っているのか判らなくなる。

このキラキラしたものは、どんな味がするんだろう。

ぽかぽかと暖かい日差しに蕩けた頭でぼんやりと考える。

うん、俺はこれが甘いことを知っている。

甘くて、甘くて、甘くて、苦い。

「あ」

狙いを外したほんの少しが、テーブルの上に小さな水玉を形作る。

そっと拭って、その指を口に含むと、想像通りの蠱惑的な甘さに頭の芯が痺れた。

さっきよりも少し細くなった柱が、途切れる事なく流れ続ける。

とろり、とろり。

あぁ、これを眺めているとなんだか眠たくなってくる。

「わっ、ルカ!」

慌てたような美奈子の声に、カメラの焦点を絞るようにして、拡散していた意識のピントが合う。

俺の座るテーブルの隣で大きな目を、もっと大きく見開いた美奈子が立っていた。

「ん?なに?」

「お皿!」

「……わぉ」

傾けていた右手のボトルを立たせる。

さっきまでふかふかとしたホットケーキが載っていた筈の皿の上には、ぐっしょりと重たく萎んだそれがあった。

「密びたしだ」

「かけ過ぎだよ、もう!」

空になったボトルを振った美奈子が、両手を腰に当てて、怒ってますのポーズをとる。

でもそれは、全然怖くなんかなくて、むしろ、可愛い。

そんな美奈子を横目に、ぷりぷりしたお説教を聞き流しながら、涼しい顔で密びたしのホットケーキを切り分ける。

ぐすぐすと水っぽい音を立てるケーキをナイフで切る――というよりも、押し潰していると、なんだか少しワクワクしている自分に気付いた。

口に運ぶまでの僅かな間で、またテーブルの上にいくつもの水玉が出来る。

口に含んだそれに、さっきとは比べ物にならないほどの痺れを感じた。

「あまい……」

「当然!」

そう言って、新しく焼き上がったホットケーキを密びたしのそれの上へとどんどん積み上げていった。

最後に、スプーン一杯のバターをぽんと落とす。

「次はかけすぎちゃダメだよ」

俺が言いつけを守るようないい子に見える?

キッチンに戻っていく美奈子の後姿に悪戯っぽい笑みを送る。

今度もまた、たっぷりとかけるつもり。

だって、甘い方がシアワセでしょ?

ボトルを勢いよく逆さまにして、圧力をかける。

ぷしっと間抜けな音と共にほんのぽっちりの琥珀色がバターの上に落ちる。

忘れてた。

さっきのでボトルにはほとんどシロップが残っていなかったんだ。

不本意だけど、結果的に言いつけを守った形になるから美奈子は満足だろう。

なんだか、悔しい。

キッチンにフライパンを置いて戻ってきた美奈子は、ほどほどにメープルシロップがかかったホットケーキを見て予想通りやわらかく笑った。

その目がやれば出来るじゃないって言ってるのが分かる。

なんだか、すごく悔しい。

「さ、食べよ?あぁ、おいしそう」

「うん、おいしそう」

俺の目の前に座った美奈子はフォークとナイフを取り上げて、ケーキを小さく切り取った。

ぱくりと幸せそうにホットケーキを頬張る姿を見ていると、心の中がほこほことしてくる。

「食べないの?」

自分を見つめたまま固まってしまった男を不思議そうに見つめる。

いつもなら、真っ先にがっつくから、殊更に不思議そう。

「ん、食べたい」

食べてい?

頬杖をつきながらにっこりと頬笑む。

それが、シロップくらい蠱惑的な甘さに見えればいい、なんて考えながら。

美奈子も、とろりと融かされてしまえばいい。

今日みたいな午後の日差しと、甘い甘いシロップに。

「?」

ルカのために作ったんだから。

小首を傾げた黒目がちの潤んだ瞳が、どうぞと俺を促す。

ほんとにいいんだね、と念を押して――

「それじゃ、いただきます」

がぶり、と。

甘いケーキをくっつけたままのフォークを持つ腕を引っ張って、白い肌に軽く歯を立てた。

口に含んだ腕は思った通りにやわらかくて、思ったよりも甘くなかった。

「るるるるる、ルカ!?」

腕に齧り付いたまま、真っ赤な顔で目を白黒させている美奈子を上目遣いに見上げる。

だって、食べていいよって言ったのは美奈子でしょ?

「もっと、頂戴?」

「だ、だめ、ゼッタイ」

全力で拒否された。

それも、どこかの標語みたいな言葉で。

別に、予想してたけど。

いや、標語の方じゃなくてね?

拒否されることを、予想してた。

「じゃ、また今度ね」

真っ赤な顔で口をぱくぱくしている美奈子の手の中のホットケーキの欠片をぱくりと奪い取った。

「ん、うまい」

----------

えっちな意味じゃないんだ。

ただ、幸せそうな美奈子を頭からぱくりと食べちゃったら、俺も幸せになれる気がして。

うん、別にえっちな意味でもアリなんだけど。

101001

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ