夢
□琥珀色の午後
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とろり、とろり。
窓から入る優しい午後の光を内側に含んで、琥珀色の液体が細い細い柱をつくる。
ゆるゆるとやわらかに流れるのを眺めていると、それが上から下へ落ちているのか、それとも、下から上へ昇っているのか判らなくなる。
このキラキラしたものは、どんな味がするんだろう。
ぽかぽかと暖かい日差しに蕩けた頭でぼんやりと考える。
うん、俺はこれが甘いことを知っている。
甘くて、甘くて、甘くて、苦い。
「あ」
狙いを外したほんの少しが、テーブルの上に小さな水玉を形作る。
そっと拭って、その指を口に含むと、想像通りの蠱惑的な甘さに頭の芯が痺れた。
さっきよりも少し細くなった柱が、途切れる事なく流れ続ける。
とろり、とろり。
あぁ、これを眺めているとなんだか眠たくなってくる。
「わっ、ルカ!」
慌てたような美奈子の声に、カメラの焦点を絞るようにして、拡散していた意識のピントが合う。
俺の座るテーブルの隣で大きな目を、もっと大きく見開いた美奈子が立っていた。
「ん?なに?」
「お皿!」
「……わぉ」
傾けていた右手のボトルを立たせる。
さっきまでふかふかとしたホットケーキが載っていた筈の皿の上には、ぐっしょりと重たく萎んだそれがあった。
「密びたしだ」
「かけ過ぎだよ、もう!」
空になったボトルを振った美奈子が、両手を腰に当てて、怒ってますのポーズをとる。
でもそれは、全然怖くなんかなくて、むしろ、可愛い。
そんな美奈子を横目に、ぷりぷりしたお説教を聞き流しながら、涼しい顔で密びたしのホットケーキを切り分ける。
ぐすぐすと水っぽい音を立てるケーキをナイフで切る――というよりも、押し潰していると、なんだか少しワクワクしている自分に気付いた。
口に運ぶまでの僅かな間で、またテーブルの上にいくつもの水玉が出来る。
口に含んだそれに、さっきとは比べ物にならないほどの痺れを感じた。
「あまい……」
「当然!」
そう言って、新しく焼き上がったホットケーキを密びたしのそれの上へとどんどん積み上げていった。
最後に、スプーン一杯のバターをぽんと落とす。
「次はかけすぎちゃダメだよ」
俺が言いつけを守るようないい子に見える?
キッチンに戻っていく美奈子の後姿に悪戯っぽい笑みを送る。
今度もまた、たっぷりとかけるつもり。
だって、甘い方がシアワセでしょ?
ボトルを勢いよく逆さまにして、圧力をかける。
ぷしっと間抜けな音と共にほんのぽっちりの琥珀色がバターの上に落ちる。
忘れてた。
さっきのでボトルにはほとんどシロップが残っていなかったんだ。
不本意だけど、結果的に言いつけを守った形になるから美奈子は満足だろう。
なんだか、悔しい。
キッチンにフライパンを置いて戻ってきた美奈子は、ほどほどにメープルシロップがかかったホットケーキを見て予想通りやわらかく笑った。
その目がやれば出来るじゃないって言ってるのが分かる。
なんだか、すごく悔しい。
「さ、食べよ?あぁ、おいしそう」
「うん、おいしそう」
俺の目の前に座った美奈子はフォークとナイフを取り上げて、ケーキを小さく切り取った。
ぱくりと幸せそうにホットケーキを頬張る姿を見ていると、心の中がほこほことしてくる。
「食べないの?」
自分を見つめたまま固まってしまった男を不思議そうに見つめる。
いつもなら、真っ先にがっつくから、殊更に不思議そう。
「ん、食べたい」
食べてい?
頬杖をつきながらにっこりと頬笑む。
それが、シロップくらい蠱惑的な甘さに見えればいい、なんて考えながら。
美奈子も、とろりと融かされてしまえばいい。
今日みたいな午後の日差しと、甘い甘いシロップに。
「?」
ルカのために作ったんだから。
小首を傾げた黒目がちの潤んだ瞳が、どうぞと俺を促す。
ほんとにいいんだね、と念を押して――
「それじゃ、いただきます」
がぶり、と。
甘いケーキをくっつけたままのフォークを持つ腕を引っ張って、白い肌に軽く歯を立てた。
口に含んだ腕は思った通りにやわらかくて、思ったよりも甘くなかった。
「るるるるる、ルカ!?」
腕に齧り付いたまま、真っ赤な顔で目を白黒させている美奈子を上目遣いに見上げる。
だって、食べていいよって言ったのは美奈子でしょ?
「もっと、頂戴?」
「だ、だめ、ゼッタイ」
全力で拒否された。
それも、どこかの標語みたいな言葉で。
別に、予想してたけど。
いや、標語の方じゃなくてね?
拒否されることを、予想してた。
「じゃ、また今度ね」
真っ赤な顔で口をぱくぱくしている美奈子の手の中のホットケーキの欠片をぱくりと奪い取った。
「ん、うまい」
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えっちな意味じゃないんだ。
ただ、幸せそうな美奈子を頭からぱくりと食べちゃったら、俺も幸せになれる気がして。
うん、別にえっちな意味でもアリなんだけど。
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