月は静かに
□追う者、追われる者
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じわりじわりと体内の酸素がなくなっていくのを感じながら、彼女はもがき続けた。
そんな様子に誰も気づかない。
こんなに大勢いるっていうのに。
『誰も自分を見ていない』
そのことに気づいて、全身の毛穴から体内へ、どっと冷気が入りこんでくるような感覚に陥った。
ここで私がどんなに苦しくても、例え死んでしまっても、誰も興味なんてないんだ。
たったひとりの個人として、【ターリト】として、尊重され慈しまれてきた彼女の感じる初めての孤独。
自分が余りにもちっぽけで余りにも弱い生き物だと否が応でも思い知らされた。
精神的に追い詰められたせいか、息苦しさが急に増したように感じる。
(も、だめ)
そう思った瞬間、腕が掴まれてふっと呼吸が楽になった。
そのままずるずると脇道の方へと引っ張られていく。
(なに?)
解放された胸で新鮮な空気を体中に送り込みながら、涙で滲んだ視界で周囲を確認した。
自分の腕を掴んでいる大きな手から手首、腕、肩、首と視線をのぼらせていく。
あぁ、やっぱり。
予想した通り、そこには見慣れた彼の顔があった。
「すまん、自分こういうとこ不慣れやもんな」
彼女を助けた主は、しゅん、と叱られた子供のような顔でそう詫びた。
切れ長の瞳がしぱしぱと伏し目がちに瞬かれる。
(大丈夫、だよ)
そう声を掛けてやりたいのだけれど、まだまだ酸素が足りない。
言葉の代わりにぱくぱくと金魚のように喘いだ。