月は静かに
□幾ら羊を数えても
2ページ/10ページ
「次の問題に移る。秦の始皇帝が万里の長城を作らせた目的は何か。では、スズカ」
そんなヒムロの声に現実に引き戻される。
元気な声で返事をして、椅子を鳴らしながら立ち上がったカズマの目がいやに輝いている。
これはまた、何かしでかすぞ。
そういう予感とも期待ともつかない感情に、思わずその顔を注視してしまう。
「これなら分かるぜ。トレーニングするためだろ」
自信満々にそう言ってのけた彼に、ヒムロの無表情が一瞬ぴくりとひきつる。
「自分、相変わらずなかなかおもろいボケ方するな」
反射的につっこんでしまう。
「は?ボケてなんかねーし。つーかよ、昔の中国の奴らがトレーニングのためにすっげーでかい城作ったとか、マジ羨ましいっつーか、その熱意に親近感湧くぜ」
「ちょ、スズカ君。自分それ本気で言ってんのか?」
「本気も何も。あーあ、この国もそんな政策とらねぇかなー」
「こほん、どうやら君たちはこの範囲についてまだ理解が不十分なようだ。」
明日、小テストを行うのでよく復讐してくること。
それまで黙って彼らの会話を傍観していたヒムロは(呆れ返って掛ける言葉を失っていた、とも言う)、そう言って授業終了の挨拶をすると教室を出て行こうとする。
「ちょ、待ってや先生!スズカはまだしもオレも道連れかいな」
「君たち、と言った筈だが」
「そりゃないわ、横暴や」
「横暴ではない。君たちをおもってこそ、だ」
では頑張りなさい、とニコリともせずに言い残すと、まだ何事か呟いているマドカをそのままに、規則正しい足取りで教室を出ていった。