月は静かに
□幾ら羊を数えても
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(眠れへん)
大儀そうに寝返りを打つ。
(あぁ、今夜もええお月さんがで出とるわ)
マドカは複雑に施された細工越しに、窓の外の月を透かし見た。
(あれを口に含んだらどんな味するんやろ)
甘い…いや、苦いんやろか。
柔らかく青白く光る月を見て、そんなとりとめもないことを考える。
とろりと丸い月を見ていると、幼い頃、母に読み聞かせてもらった物語を思い出す。
どんな話だったかは記憶に定かではない。
ただ、今夜のような青い月が出てきたことだけが心に強く残っている。
(ほんま眠れへんわ)
このところ、熱帯夜で寝苦しい日が続いていた。
(カズマとあんな遅くまで騒いどるから、それでなくても眠れへんのに目が冴えてもたわ)
傷だらけの顔で現れて以来、彼もまたこの王宮に留まっていた。
それならばぜひ、という王陛下の勧めを無下に断ることも出来ず、カズマもまた、マドカと同じ【教育の機会】を与えられた。
マドカ以上にそちらの方面に明るくない彼の居る授業は、初日から荒れ模様だった。
「安価な労働力を使って単一作物を栽培する大規模農園の事をなんというか。キジョウ、答えてみなさい」
「テンプテーションやろ」
「違う、プランテーションだ」
「惜しいやん、ってかそこはつっこむとこやで先生」
「惜しくなどないし、私の授業にボケとツッコミは必要ない」
冷静にそう言い放つ。
(ツッコミのないボケなんて空しいだけやん)
そう切り返したいところだが、この冗談の通じない教師と言い合いになるのは賢明でないことくらい、経験上よく分かっていた。
淡々とその大規模農園について解説するヒムロを横目に、マドカは頬杖をついて窓の外を眺めた。
(あーあ、ええ天気やなぁ)
砂嵐の合間に見える、抜けるような青い空は、眺めていると吸い込まれてしまいそうな感覚に陥る。
(このまま溶けてしまえたら、それもそれでええかも)