月は静かに

□非日常の中の日常
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王子との必死の逃亡劇の後、どうにかこうにか王宮にたどり着いたのは、あの地下水路を抜け出してから実に二日後のことであった。

それは執拗な追手を巻いていた、という訳ではなく。

いわゆるマドカの[悪い癖]が出たという話。

王宮を前にして気が緩み、頬の締まりまで緩んだ、ということ。

馬車も馬も捨ててきた彼らが先に進むには食料と水分を補給する必要があった。

そのついでと言ってマドカが片っ端から町娘を口説いて回った、というのは決して大袈裟な表現ではない。

一つ目の町で、色目を使われた少女たちが我よ我よとマドカ争奪戦を繰り広げたのは騒動のまだ序の口で。

次の村では結婚を間近に控えた女をたぶらかし、彼女が婚姻を取りやめると言い出したがために村人総出の血で血を洗う大乱闘。

さらに次の街では、夜な夜なマドカらの寝所に忍び込む少女たちに悩まされた宿屋の主人が、営業妨害だのなんだのと彼らを寒空の下に叩き出した。

そこまではまぁよかったとして、彼らをないがしろにした仕返しだと、件の少女らが宿屋を襲撃したことで事態は悪化。

本人はのほほんとしながら、そんなつもりやなかってんけどなぁ、なんて呟いていたが、そんなつもりも何も。

これら一連の騒動の陰にはケイの類稀なる美貌もあってこそ、なのだが、その事実をマドカは知る由もない。

そういう風に散々ケイを連れ回し、揉め事を引き起こした揚句、意気揚々とたどり着いた王宮。

どんなお小言が待ってるんやろ、まぁやってしもたもんはしゃあないしな、と軽く構えていた彼だったが。

果たして、待ち受けていたものは、マドカの予想とは大きく異なっていて、彼は少々面食らうことになる。

それは、一介の民草にこれほどのことをする必要があるのだろうかと彼自身が戸惑うほどの厚遇。

確かに、彼は王子の命を救った英雄ではあるが、方々で散々に騒動を巻き起こし、その噂が王宮に届いていない筈がなかった。

それが、お咎めなし。

無罪釈放。

その上、優雅な三食昼寝付きの対応と来たものだから驚くことこの上ない。


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