月は静かに
□非日常の中の日常
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「あー…だる」
中庭に面した石段に腰かけたまま、彼は大きなあくびをする。
そよそよと長い宵闇色の髪を揺らす風が気持ちいい。
友人の家の庭も立派だったけれど、やはり国の中心にもなると格が違う。
目の前に広がるハディーカを眺めながら、そんなことをとりとめもなく考える。
中心で存在を主張する噴水は、頂上から溢れさせた水滴を幾重にも重ねた台座に落としていく。
そこに向かって外側から放射状に水柱が吹き出していて、全体で大きな円錐をつくっている。
水周りでは青い小鳥が数羽、噴水からの僅かな飛沫を浴びてはぴょいぴょいと楽しげに跳ねまわっている。
彼らが近く灌木に実っている木の実をついばむ姿は、まるで平和そのもの。
(なんや、夢の中に居るみたいや)
物語なんかに描かれる夢の楽園っちゅーんはこんな感じなんやろか。
なんだか、その余りにも穏やかな空気に頭がぼんやりする。
ほんまにこれ、夢と違うやろか。
軽く頬をつまんでみる。
びりりと強い刺激が走るから、自分は今、正気なのだろう。
いや、むしろアレの方が悪い夢やったんか。
つい先日の事が、もうずっと遠い出来事であったように感じる。
地下水路に潜るため、身体のあちこちにつけた引っかき傷や打撲の跡も、今はうっすらとその名残なぞることが出来るだけ。
(ごっつい夢、見たもんやな)