月は静かに

□白日の下、夢見るは
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「ん?なんや?」

「その王子サンっていうの、止めろ…」

「いや、せやけど…」

実際、自分は王子サンなんやし、他にどう呼べっちゅーねん。

今更、殿下などと改まって呼ぶ気はないし、それはカズマも同じことだろう。

馬上で二人は困ったように顔を見合わせた。

「ハヅキ、ケイ」

「は?」

「名前…」

ぽかん、と幕の引かれた馬車の中を凝視する。

厚い布が邪魔して、ケイの顔は見えないのだが。

この男は今、どんな顔をしているのだろう。

あの無表情以外は想像できない。

自分たちをからかって楽しんでいるのだろうか。

一国の主を名前で呼べ、と無理難題を押し付けて馬車の中で笑っているのだろうか。

なぁ、とカズマに声をかけようとする前に、彼は口を開いた。

「じゃ、わりぃけど呼び捨てるわ、ハヅキ」

これでもか、というほど目を剥いてカズマを見る。

そんなことには全く気付かず、この大らか過ぎる男は、堅苦しいのがなくなって楽になったぜ、なんて無邪気に笑んでいる。

(コイツの心臓には剛毛がボーボー生えてんのやろな…)

ひとつため息を落とすと、馬車の中に声をかける。

「自分、ほんまにええんか?臣に呼び捨てさせて」

「構わない…」

さっきの呼び名よりはずっといい。

静かな声が平然と返ってきた。

僕も僕なら主も主だ。

「ほな、オレもハヅキって呼ばしてもらうわ」

なんや、疲れる旅になりそうやな、などと考えながら馬を進める。

その隣で、幾分か気を許したのかカズマがケイに籠球について語り始めた。

(ほんま、敵わんわ)

思わず苦笑する。

彼のこの、開けっ広げな性格が鬱陶しくてたまらないくせに、妬ましくて、そして、眩しい。

(自分がオレやったら、どうしてたかな)

過去を悔いても、境遇を恨んでも、何も変わらないことはとうの昔に理解している筈なのに。

それでも、消えない痛みに眠れぬ夜を過ごす。

(あかん、最近は忘れとったのに)


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