月は静かに
□白日の下、夢見るは
2ページ/10ページ
「ん?なんや?」
「その王子サンっていうの、止めろ…」
「いや、せやけど…」
実際、自分は王子サンなんやし、他にどう呼べっちゅーねん。
今更、殿下などと改まって呼ぶ気はないし、それはカズマも同じことだろう。
馬上で二人は困ったように顔を見合わせた。
「ハヅキ、ケイ」
「は?」
「名前…」
ぽかん、と幕の引かれた馬車の中を凝視する。
厚い布が邪魔して、ケイの顔は見えないのだが。
この男は今、どんな顔をしているのだろう。
あの無表情以外は想像できない。
自分たちをからかって楽しんでいるのだろうか。
一国の主を名前で呼べ、と無理難題を押し付けて馬車の中で笑っているのだろうか。
なぁ、とカズマに声をかけようとする前に、彼は口を開いた。
「じゃ、わりぃけど呼び捨てるわ、ハヅキ」
これでもか、というほど目を剥いてカズマを見る。
そんなことには全く気付かず、この大らか過ぎる男は、堅苦しいのがなくなって楽になったぜ、なんて無邪気に笑んでいる。
(コイツの心臓には剛毛がボーボー生えてんのやろな…)
ひとつため息を落とすと、馬車の中に声をかける。
「自分、ほんまにええんか?臣に呼び捨てさせて」
「構わない…」
さっきの呼び名よりはずっといい。
静かな声が平然と返ってきた。
僕も僕なら主も主だ。
「ほな、オレもハヅキって呼ばしてもらうわ」
なんや、疲れる旅になりそうやな、などと考えながら馬を進める。
その隣で、幾分か気を許したのかカズマがケイに籠球について語り始めた。
(ほんま、敵わんわ)
思わず苦笑する。
彼のこの、開けっ広げな性格が鬱陶しくてたまらないくせに、妬ましくて、そして、眩しい。
(自分がオレやったら、どうしてたかな)
過去を悔いても、境遇を恨んでも、何も変わらないことはとうの昔に理解している筈なのに。
それでも、消えない痛みに眠れぬ夜を過ごす。
(あかん、最近は忘れとったのに)