月は静かに
□全ての発端は、中庭で
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カズマのあまりの剣幕にじわり、身を引く。
「ミハラの第三皇子が殺されたって聞いてないのか」
「今初めて聞いたわ」
ミハラ。
独特の優美な刺繍が入ったクーフィーヤから豊かに波打つ麦穂色の髪をのぞかせている同じ年頃の少年の姿が頭をよぎる。
夜会で見かける彼は、いつも桁外れに豪奢な玉をまとっていて、歩みを進めるごとにしゃらしゃらと涼やかな音を立てるからどこにいるかすぐに分かった。
もうしばらく会っていないように思うが、芸術家然とした風変わりな物言いが鮮やかによみがえる。
そちらの方面には明るくないが、高名な画家一家の稀代の天才だとか。
耳にする逸話からは奇人と大差ないような印象を受けたが、実際は強さと脆さを併せ持った、自分と同じちっぽけな一人の男に過ぎなかったように思う。
彼は、何番目の皇子だったか。
子孫の為と妻をめとるのが煩わしい、という風な話をしたのだから、それほど低位の皇子でもないだろう。
「つーかおまえさ、いい加減帰れよ」
カズマの声にはっと我に帰る。
「ここんとこきな臭い話が多いしよ、跡取りがこんな東国でくたばったとなったらおまえの一族が路頭に迷うぞ」
汚れを知らない真っ直ぐな視線を受け止め損ね、思わず自嘲的に笑う。
そう。
自分とてこの血を残す為、妻をとらねばならぬ身。
政を行う身。
その、己の業が煩わしくて家の者の手が及ばないこの東の国へ逃れてきた。
この一本気な友人とその一族に甘え、ぬくぬくとこの地にとどまってしばらくになる。
今の今まで帰らねばならない、ということ自体が忘却の彼方であった。
常々、居心地の良いこの場所は自分のものではないと分かっていたくせに。
だが、しかし。
「今更あんなとこ、戻れるかい」
背徳の子に居場所はない。
例え、血筋を絶やす結果になっても。
それはこの二十年に満たない人生で嫌というほど叩き込まれてきた。
「ま、好きにすりゃいいけどよ」
不意に興味を失うと、カズマは次の果実を取り上げ、食事の続きを始めた。