月は静かに
□全ての発端は、中庭で
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まだ陽が昇って間もないというのに、すでに日向では熱を帯びた大気がゆらゆらと陽炎をつくっていた。
まだひんやりとした日陰では女たちが寄り集まって何かひそひそと小声で言葉を交わしあっている。
その表情はどれも暗い。
どうも今朝の空気は穏やかではないようだ。
「お、早いな」
艶やかな黒髪からぽたぽたと水滴を垂らしながら食堂に入って来たカズマは、その手で盛られた果実のひとつを取り上げるとかじり付いた。
彼は行儀の二文字を持ち合わせてないらしい。
噛み潰された果実から滴る水分は、彼の腕を伝ってテーブルクロスに紅い染みを付けていく。
水浴びをしてきた様子から察するに、今朝も暗いうちから籠球に興じていたのだろう。
「自分、またどやされるで」
彼の通ってきたであろう道筋に残る点々とした水溜まりを見やる。
掃除をするこっちの身にもなってみろと口うるさく注意する下女たちと、もうすぐ乾季なのだから少しは水を節約しろと怒鳴る彼の母親の顔を思い浮かべてマドカは苦笑した。
「言わせとけって」
当の本人は大して気にも留めていないようで。
まぁ、彼女らの小言を聞き、仲介し、場を丸めるのは大抵この自分の役目なのだから当然であろう。
つくづく損な性分だと思う。
「それにしてもやっぱり今日は騒がしいな」
カズマは食堂の隅で話しこんでいる下女たちを一瞥する。
「なんかあったんやろか」
マドカの言葉に彼は目を剥く。
「はぁ?おまえ、知らねぇのかよ」