月は静かに

□I will be there for you
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中天の月を背に北を目指す。

大広間から出て白い煉瓦造りの渡り廊下を抜けると、いつか彼女と再会した広い中庭に出る。

青白い光の中に浮かび上がる巨大な噴水からはさやさやと水が流れ出し、その余りにも穏やかな光景に、刹那、自分たちの状況を忘れてしまいそうになる。

それでも、前を走るシキの荒い息遣いがマドカを現実に引き戻し、煌めく銀色の水滴に名残惜しく視線を残して中庭を後にした。

中庭を見渡すようにしてそびえる本宮を横目に西へ逸れ、ひと気のない女たちの寝所の下を通り抜けると、城の下働きの者たちが暮らす小さな館の向こうに細く高い塔が姿を見せる。

閉じているのが常である年季の入った木の扉が今は僅かばかり開いていた。

「スズカ!」

その扉の脇に佇む黒い影に声をかける。

「っそいじゃねーかよ、んのバカ!」

慌てて駆けつけた相手に対して、開口一番に罵声とは。

それよりも、大人しく入り口で待っていたことを評価するべきか。

確かに、その焦りは分からなくもない。

王宮の下はまるで蟻の巣のように入り組み、簡単には把握できないような作りになっていると聞く。

(せやけど、自分が苛立ってんのはそっちとちゃうやろ)

好戦的な瞳が、獲物を前にした野生動物を思わせる。

(ほんま、しゃあないやっちゃで)

心の中の溜息を悟られぬよう、曖昧な笑みを返してから現状を尋ねた。

「ほんで、あの三人は?」

「ん。まだこの辺りだろうよ」

手にした迷路図を指す。

それは、彼らが立つ場所から幾らも離れてはいなかった。

「途中までは後付けてたんだけどよ、花嫁衣装が邪魔になってなかなか進めねぇみたいだぜ?」

この下はしばらく直線だっつーから、充分間に合うだろうよ。

(せやったら怒鳴んなっちゅーねん)

言い終わると同時に、地下へ続く階段へと消えていったカズマの後頭部に先ほど飲み込んだ溜息を落とす。

(ま、いつまでも愚痴ってる訳にもいかんわな)

シキに先に行くよう促し、マドカは周囲の目がないことを確認してから慎重に扉の鍵を閉めた。

(ほな一仕事といきますか)
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