月は静かに

□宴の準備は始まった
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「ただ、我々にとってもこれほどの好機はない」

誰とは知らない、無粋な人間達が挙式を襲撃したとしても。

あるいは、噂が全てデマゴギーであったとしても。

噂に便乗し、この国の主を闇に葬り去るにはちょうどいい。

「自分の身は、自分で守れるな?」

「……はい」

必ずしも、お前の傍に居て、お前を守ってやれるわけではない。

言外の意味を汲み取り、彼女はほんのりと目の周りを薄桃色に染める。

「これが、最後だと思いなさい」

私たちの手で、変えるんだ。

この国を、世界を。

「失敗は過程であり、結果ではない」

失敗を恐れ、躊躇うなど愚の骨頂。

分かっているな?

「はい」

彼女は頷く。

(迷わない)

あの日の失態が、ちりちりと未だに彼女のどこかを焦がしている。

全てを分かっていながら、何も見ていないかのように振る舞った彼。

宵闇色の髪の下、燃えるような夕陽の橙を灯した瞳を、丁寧に心の一番奥底へとしまう。

じゃらりと重い鎖を巻き、幾重にも鍵をかけないと、彼は易々と扉を開け、彼女の中に踏みこんでくる。

自身のペースを乱されることが、それほど苦痛と感じないのが痛い。

本当は、あのまま。

あのまま、彼と日の下での生活を続けられたらと。

そう願わずにはいられなかった。

そう願う自分にどうしようもない嫌悪感を感じながら。

「どうした」

「……いいえ」

「そうか」

お前には期待している。

そう言って、頭を撫でる大きな手をいつだって求めているのに。

相反する感情を押し込めて、彼女は微笑んだ。

「ありがとうございます」
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