月は静かに
□宴の準備は始まった
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ゆらり、と。
風もないのに蝋燭の炎が揺らめく。
それに共鳴するかのように壁に映し出された影もゆらゆらと微かに踊る。
それはまるで不吉な。
闇に巣食う者たちを思わせるような不吉で奇怪なダンス。
否、実際に影の持ち主は闇を住処とする者なのかもしれない。
小さな炎に浮かび上がる男の顔は布で覆われており、その隙間からのぞく瞳の色は、凍てつく程の無表情だった。
「結婚式を襲撃する」
「え?」
唐突に吐き出された不穏な単語に、彼女は不思議そうに小首を傾げ、彼を見上げた。
「そういう噂が流れている」
「それはつまり――私の、ですか?」
「そうだ」
私の、結婚式。
それは、彼女とこの砂の国の主とが契りを交わす儀式。
己らを生涯の伴侶として認め、この国を育て、王の血筋を絶やすことなく次の世に引導するための儀式。
幾代にも渡って延々と同じことが繰り返されてきた儀式。
その妨害を企む者がいる、という噂。
「何の目的で――」
「目的は君だ、ターリト」
彼女の傍らに立つ男が、刹那、愛しさを込めた眼差しで彼女を見つめ、布越しにそっとその頬に触れる。
「花嫁の奪取」
「……分かりません」
私に、何の価値があるのですか。
彼女は彼の手に頬を寄せて呟く。
「取引材料には、充分だろう」
ハヅキは随分お前に執心しているではないか。
それはそれは、私を嫉妬させるほどに。
お前を取り返す為なら、どんな犠牲も厭わないんじゃないか?
そう言った瞳が蝋燭の光を映して、ぬらぬらと光る。
その色に、彼女は軽い恐怖を覚える。
それは限りなく畏怖に近い恐怖。