月は静かに

□逆転の逆転と、画策
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聞き間違いではないらしい。

遠くから、軽やかな駆け足が振動として伝わってくる。

目深に被っていたフードを剥いで、遠くを見遣る。

ゆら、と立ち昇る砂煙が確認できた。

(こら轢き殺されてまうで)

そうは思っても、身体は動かなかった。

もう、動くということ自体が億劫で、どうでもよかった。

遣り残したことは山ほどあったが、[今]が動かなければどうしようもない。

身体が言う事を聞かなければ。

心が生を望まなければ。

ゆっくり瞼を閉じた。

ゆるゆると柔らかな闇が落ちてくる。

徐々に四肢の感覚が失われる。

それはまるで宙に浮かんでいるような錯覚。

頬に当たる、熱を失った砂の硬さも、もう気にならない。

深い深い沼に沈むように、じわりと意識が拡散していく。

(……げ)

その、消えかかった意識の中に浮かび上がってきたのは、誰でもない――



スズカの悪戯っぽい顔だった。

(最期やのにスズカかい)

ほんま、色気や感傷なんて欠片もないな。

は、と浮かびかけた笑みが、そのままマドカの片頬に張り付く。

空耳だろうか。

いや、確かに自分の名前を呼ぶ声がした。

「……っ、キジョー!」

近づいた砂煙の中から、見慣れた顔が現れる。

こんなとこでくたばってんじゃねぇよ。

再会の一言目が、それだった。
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