月は静かに
□逆転の逆転と、画策
2ページ/7ページ
聞き間違いではないらしい。
遠くから、軽やかな駆け足が振動として伝わってくる。
目深に被っていたフードを剥いで、遠くを見遣る。
ゆら、と立ち昇る砂煙が確認できた。
(こら轢き殺されてまうで)
そうは思っても、身体は動かなかった。
もう、動くということ自体が億劫で、どうでもよかった。
遣り残したことは山ほどあったが、[今]が動かなければどうしようもない。
身体が言う事を聞かなければ。
心が生を望まなければ。
ゆっくり瞼を閉じた。
ゆるゆると柔らかな闇が落ちてくる。
徐々に四肢の感覚が失われる。
それはまるで宙に浮かんでいるような錯覚。
頬に当たる、熱を失った砂の硬さも、もう気にならない。
深い深い沼に沈むように、じわりと意識が拡散していく。
(……げ)
その、消えかかった意識の中に浮かび上がってきたのは、誰でもない――
スズカの悪戯っぽい顔だった。
(最期やのにスズカかい)
ほんま、色気や感傷なんて欠片もないな。
は、と浮かびかけた笑みが、そのままマドカの片頬に張り付く。
空耳だろうか。
いや、確かに自分の名前を呼ぶ声がした。
「……っ、キジョー!」
近づいた砂煙の中から、見慣れた顔が現れる。
こんなとこでくたばってんじゃねぇよ。
再会の一言目が、それだった。