□初春
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「めっちゃ好きや、自分のこと」

長い前髪の下、燃えるような夕焼け色の瞳が私を見つめている。

いつものおちゃらけた表情とは全然違う。

(こんな顔もするんだ)

なんとなく、冷静にそう思った。

自分の鼓動がうるさい。

まるで耳の横に心臓があるみたい。

そのくせ、頭の中はひんやりとして静か。

キシキシと過ぎていく張り詰めた時間をもどかしく過ごす。

どうしようもなく、この沈黙を破りたい衝動に駆られる。

なのに、姫条君の真剣な眼差しに射すくめられて私は動けなかった。

遠くで耳障りな鐘が鳴る。

あぁ、うるさいな。

夕焼け色の中に映る私。

驚いたみたいに目を見開いている自分の顔。

それがみるみる大きくなって、視界が奪われる。

(あ…)

キス、される。

暗転した視界の中、枷をはめられたように身体が重くて動かない。

「…ろよ」

え?

今、なんて言ったの?

声が聞こえないよ。

じりじりと鐘の音がうるさい。

「…ん、…ってば!!」

少しボリュームを上げたその声にまた鐘の音が重なる。

聞こえないよ、誰かその音を止めて!

(鐘の音?)



「ねぇちゃん!!」

一瞬で現実に引き戻される。

頭のすぐ上に、にたにた笑う尽の顔。

「何の夢見てたんだよ、すげー変な顔してたぜ」

その一言に顔が熱くなる。

さっきの。

夢、だったんだよね。

思い出すほどに心臓が波打つ。

出来るだけ顔を見られないようにしながら尽を部屋から追い出した。

勘のいいませた弟のことだから何か気付いているのかもしれないけれど。

早く降りてきなよ、遅刻するから!なんて言いながら素直に階下に降りて行く足音を頭の片隅で聞いた。

やっと一人になって、上気した頬に両手を当てる。

冷えた指先が心地いい。

(もう、イヤ)

恥ずかしくて消えてしまいたい。

今から起きて学校に行かなきゃならないなんて。

廊下で姫条君に会いでもしたら絶望的。

叶うなら、このまま二度寝してなかったことにしてしまいたい。

次に起きた時は全部忘れてる、なんて無理か。

こんな夢を見たのも、きっと姫条君のせいだ。


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