佐助受

□年に一度の願い事
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そうして部屋の前に控えていた小十郎はふと影が動いたような気がした。刀に手を伸ばして目を凝らすと、
「待って、待って。俺様だよ」
声を落として、佐助が両手を上げて現れた。お互いに安堵の息を吐き、
「存在を主張しろとは言わねェが、危うく斬り殺す所だぜ」
小十郎は刀の柄から手を放し、
「斬り殺されても文句も言えないんでね。別に気にしなくていいよ」
ヘラッと笑いながら佐助はゆっくりと両手を下ろした。
「いちいち癪に障る言い方しやがって」
そう、殊更自らを卑下した物言いをするのだ。だが、それが普通なのだ。忍が武士と顔を合わせて話しをする事の方がおかしいのである。小十郎が表情を険しくし、佐助はキョトンと目を丸くした。
「あんたが気配に敏感なのが凄いんだよ。俺様の気配を追えるのはそうそういないよ。流石は竜の右目だよね」
「…」
「どうしたの?」
「お前はもう短冊に願いを書いたのか?」
今日は七夕。極当たり前な質問だった。だが、質問をする相手が間違っている。佐助は肩を竦めた。
「それ、言う相手を間違ってる。忍に望みなんてある訳ないでしょ?短冊は真田の旦那に渡したよ。本当に嫌味にしか聞こえない」
「本当に望みが無いのか?」
驚いたような男の所作に佐助は苛立った。何故こうまで神経を逆撫でするのか。
「あ〜、もう。俺様の望みは給料が上がる事。それ以外には無いよ。他の事なんて望んだって叶いっこないし、考えるだけ時間の無駄さ」
吐き捨てるように言うと、小十郎が目を細めて穏やかに笑った。本当の彼を垣間見たような気がしたのだ。だが、その胸の熱さを微塵も見せず、小十郎は鼻を鳴らすと、
「ッたく、相変わらずお前は詰まらねェ事を言うな」
殊更呆れたような口調で言った。そして、――
「じゃあ、他の望みは来年の今日までに考えておけ。さっきのお前の望みは俺が代わりに願っていてやろう」
穏やかに笑った。
「…ッ!」
その瞬間鋭く息を呑み、佐助は呼吸を忘れた。穏やかな男を前に、何を血迷った事を言っているのかと笑い飛ばす事も出来なかった。本気で言っているのが解ったからだ。解って、佐助はその場を逃げ出した。
「おい?」
小十郎の声が聞こえたが、知らん顔をして地を蹴って雑木林に飛び込んだ。森に紛れてしまったら彼を見つけ出すのは骨が折れる。
「やれやれ……逃げ足の速い奴だ」
ポツリと呟き、小十郎は一瞬見せた佐助の表情を瞼に焼き付け、口の端を上げて笑った。



佐助は男から逃げた。忍らしくない目立ち過ぎの忍。自覚はあるが、それは武田と言う特殊な環境下でのみの事である。同盟国であり、主人である幸村が政宗と懇意にしているから佐助も姿を現しているが、本来であれば小十郎の隣で主人達の試合を見守るなど有り得ない。だからこそ距離を取っていた。自分は同じように扱われるような身分ではないのだと。
「どれだけそれを口で言っても聞きやしない!」
それどころか不機嫌になるのだ。何故そんな物言いをするのかと。
「俺様は忍!忍なんだよ!人じゃない!」
幸村にも短冊に何を書いたのかと同じように訊かれた。だが、適当にはぐらかして与えられたそれを、好きな願いを書けばいいと幸村に譲ったのだ。主人が喜ぶ顔を見られて、佐助はそれだけで良かったのである。それなのに。
「挙げ句の果てに、代わりに願っていてやろうなんて……!」
涙が溢れた。馬鹿にするにも程がある。そう言ってやりたかった言葉は声として成さず、ただ逃げ出した。嬉しかった。心が震えるほど嬉しかったのだ。自分に与えられた短冊を佐助の為に使ってくれるというのだ。例えそれが嘘だったとしても嬉しい言葉だった。涙を拭い、佐助は一際高い木の上へ飛んだ。上手く呼吸が出来ないくらい動揺して高鳴る胸を押さえて、懸命に呼吸を整える。
「真っ直ぐな人だから、優しい人だから……」
だから尚更佐助はそれに甘える訳にはいかない。
「いつか俺様があんたに相応しい身分で生まれてきたら、その時は……右目の旦那」
傍に居たい。そう言えるだろうか。橙から藍色に移り変わっていく空を見上げ、佐助は輝き出す星空を想って瞳を閉じると、ただ静かに祈った。



来世を夢見ながら、日の本一の忍は孤独を貫いた。
それでも年に一度。たった一度だけ。
小十郎の隣で幸せそうに笑う佐助の姿が見られるようになったのだった。




報われない……orz
せっかくの七夕が……。
気晴らしのもう一本『片倉家の七夕』の方がまだ救いがあるかも(笑)

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