佐助受

□100万回の……
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幸村には戦国時代の記憶があったが、佐助にはなかった。その事が小十郎の胸に深く突き刺さった。飄々としていたかつての彼が、健気で思いやりのある優しい男である事を知っていた。常に自分を殺し、二歩も三歩も後ろに控えていた。身分を考えれば当然だと言われたが、小十郎は自然と彼の姿を目で追うようになっていたのだ。
「……猿飛」
「?何で名前知ってるんですか?……真田の旦那が話したの?」
「え?あ、いや……そ、そうだ。この方とは古い付き合いで……」
「…」
幸村は嘘が下手だった。苦笑する小十郎を佐助が警戒したのも当然と言えば当然だろう。
「……何か用ですか?向こうであなたを待っている人がいるみたいですけど……?」
淡々とした口調で言葉を紡ぐ佐助を見下ろし、小十郎は口を閉ざした。そして、懐から名刺を取り出して彼に手渡す。
「伊達、運輸?全国展開している大手運送会社の?」
「専務の片倉だ。……真田とは古い知り合いで、逢うのは久し振りだ」
「某……あ、いや、俺は……今はお館様の屋敷に住んでいます。その、連絡先はこれです」
幸村が生徒手帳を一枚ちぎって住所と電話番号を書いて男に手渡した。そんなぎこちない主人に佐助は益々不信感を覚える。
「待って、おかしい」
手を引いて幸村を下がらせると、小十郎をまっすぐに射抜いた。
「じゃあ、何で真っ先に俺の手を掴んだの?間違えようがないでしょ。それに古い知り合いって何?あんたと旦那じゃ、接点がどこにもないだろ。何で嘘を言うのか解んないんだけど?大手企業の専務ってのも怪しいもんだよ」
「待て、佐助。いいのだ。嘘ではない」
畳み掛ける佐助を幸村が止めた。
「……旦那?」
何故強面の不審な男を庇うのかと、佐助が信じられないと言った風に目を丸くする。幸村は思わず苦笑を零した。下手に取り繕うから彼が余計に神経を尖らせるのだ。幸村は小十郎に改めて頭を下げた。
「片倉殿、ご無沙汰致しております。この通り、立ち話をするには長くなりますので、後日屋敷に招待致します。連絡は頂いた名刺の携帯で宜しいですか?」
「あぁ。繋がらない時の方が多いだろうから、留守電に入れておいてくれ。面倒でないなら、メールでもいい」
「分かり申した。……しかし、便利でござるな。連絡に何日も掛かっていたのが嘘のようです」
「全くだ」
可笑しそうに笑い合う幸村と小十郎に、佐助は意味が解らないと言った風に更に険しい顔をした。
「すまぬ、佐助。本当に信頼の置ける方なのだ。心配いらない」
時折見せる大人びた表情で静かに言われ、渋々と言った風に佐助も引き下がった。幸村の口振りから、本当に顔見知りなのだと知れたのだ。引き下がるを得ないだろう。
「……分かったよ、もう何も言わない。えっと、片倉さん……すみませんでした」
名刺で名前を確認する様子を見下ろし、彼が本当に記憶をなくして転生してきたのだと、小十郎は改めて思い知らされた。
「……いや」
「それと、いい加減に手を放してもらえませんかね?用があるのは俺じゃなくて真田の旦那なんでしょ?俺を掴まえておく意味が解らないんですけど?」
「あぁ、すまねェ」
昔の癖が顔を出したのか、彼が突如逃げ出さないように、つい腕や肩を掴んでしまうのだ。今の彼が影を渡って逃げるなど有り得ないだろう。だが、腹が据わっているのはそのままなのか、小十郎の顔を見ても目を逸らさず、へりくだりもしない。真っ向勝負を挑むような鋭い眼差しに、思わず笑みが浮かんだ。
「確かに、話し出すと止まらなさそうだな。真田、招待は有り難いが、信玄公はご存知なのか?」
専属SPの雇い主である信玄の事まで知っている。表情には一切出さなかったが、佐助は内心で驚いていた。
「はい、お館様のおかげで揃う事が出来たのです。ただ、今は出張に出ておりますので、佐助と二人で屋敷に住んでいる状態です」
「そうか。なら、お前に任せよう。俺は大体土日が休みだが、何か問題が起これば仕事に出る事になる」
「分かり申した。なるべく早めに、必ず連絡します」
小十郎は小さく笑うと軽く手を上げて去って行った。その後ろ姿に頭を下げて見送り、幸村は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「何、その嬉しそうな顔は?おっかない人に見えたけど、久し振りに逢えて嬉しかったの?」
「はは、あぁ。わざわざ声を掛けて下さるとは……相変わらずお優しい方だ。お前もきっと……いや、何でもない」
「もう、途中でやめられると気になるでしょ?俺様が何?」
興味津々に尋ねられ、幸村は遠くを見るような目で楽しそうに笑った。
「いや、ただ……片倉殿と気が合うのではないかと思ってな」
「はぁ?俺様があんな怖そうな人と?どうせなら慶ちゃんとかチカちゃんとかと気が合うって言って欲しかったなぁ」
底抜けに明るい二人の男を例に挙げて、佐助が明るく笑った。確かに彼らとも仲良くしている。だが、小十郎とはまた違う付き合いになるだろう。幸村は小さく口元を綻ばせながら、逞しい男の隣で柔らかい表情で彼が微笑む様を思い浮かべたのだった。


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